アキへの想い-1

 アキの告白によって、正人の脳裏に様々な場面が蘇ってきた。


 自分の事を散々蹴り飛ばし、暴言を吐いたかと思ったら、倒れ込んで眠ってしまった。身体が焼けるように熱かった。その身体に布団を掛け、一晩中額を冷やした。


 誘われるまま身体を重ねてしまったけれど、彼女は望んでそうしたわけではなさそうだ。何だかとても悲しそうだった。


 お詫びをしようと思ってお粥を作ったけれど、作り方を間違えていたようだ。そもそも、お粥など食べたことが無い。病気になって、お母さんにお粥を作って貰うのが夢だった。その夢を間接的に叶えようとしたのだが、上手く行かなかった。


 死に付き合ってあげるという彼女がなんだか嬉しそうだったから、お詫びになるならそれも良いか思った。祖父との約束を違えることになるが、人助けになるなら許して貰えるだろう。そもそも、誰かの助けになることなど今までしたことが無かったのだから。


 彼女に子供が出来たと聞いて困惑したが、迷い無く中絶を選択した事に違和感を覚えた。


 生まれた命は、守らなければならない。死にたいと願いながら命を大切にしなければと説くのは、酷く矛盾している。命を守るのならば、自分も生きようとしなければならない。彼女にも、そうして欲しいと思った。


 ある朝起き抜けに外を見たら、彼女が吹雪の中、薄着で立ちすくんでいた。慌てて毛布を掴み、彼女の元へ走った。


 毛布を身体に巻き付けて、彼女は声を上げて泣き出した。理由はよく分からなかったけれど、胸がズキズキと痛んで、気付いたら一緒に声を上げて泣いていた。


 彼女の名前はアキ。小さな身体の、儚い少女のような女。


 この人を守りたいと心からそう思った。同時に、そんなことが出来るだろうかと不安に思ったけれど。アキと一緒に過ごす内、不思議と不安は消えていった。


 幸福感の方が強かったから。


 できるだけ一緒にいたいのに、時間のコントロールが苦手で、家に帰るのが遅くなってしまう。それでも、アキが待っていると思うと毎日幸せだった。祖父から「座り心地を探求した椅子を作る」という課題を出されると、一番にアキの椅子を作った。世界にただ一つだけの、アキのための椅子。


 心を込めて作った。誰かのために家具を作る。それはとてつもなく幸せな行為だった。余りにも幸せだったので、会社に勤める人全員の椅子を作った。でも、アキの椅子を作った時ほどの幸福感は訪れなかった。


 アキは窓際に椅子を置いて、いつも外を眺めていた。


 ふと、思い立ちスケッチブックを手に取った。


 窓辺のアキを描いていく。


 『何してるのよ。』

 気付いたアキが照れくさそうに抗議する。


 『動いちゃ駄目です。じっとしていて。』

 そう言うとアキはふくれ面を浮かべたが、その顔を窓の外に向けた。


 その髪を撫でるように、その肩を抱くように、鉛筆を走らせた。アキに触れたい。抱きしめたい。その想いを鉛筆に込めて、アキを描いた。


 


 幸せな時間が、このままずっと続くと思っていた。


 だけど、突然、あっけないほど簡単に、どこかへ消えてしまった。


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