誘拐事件発生?-2

 

 『猛は預かった。返して欲しければ樹々へ行け。今すぐだ。』

 「樹々にいるのか?」

 『行けば分かる。』


 笑いを含む声を最後に、ブツリと通話が途切れた。ツー、ツー、と耳障りな音が画面から漏れ聞こえる。健太は通話ボタンを押してハンドルを叩いた。


 「くそっ!どういう事だ!」

 奥歯を噛みしめて、アクセルを踏む。


 佳音が見たという太った男。空想の姿は黒いシルエットだが、にやりと笑う口元がやけにリアルに浮んだ。番組には猛の姿も映っていた。大人の女を連れ出すよりも、子供を連れ去っておびき出した方が早いと踏んだのだろうか?


 樹々には車なら二分で着く。交差点を右折し少し進むと校門の前で向かいから走ってきた正人の軽トラックと鉢合わせになった。校門を通ってすぐに車を降りると、正人とアキが青い顔で飛び降りてきた。二人は健太を見て驚いている。


 「何故?」

 荒い息を吐きながら、正人が辛うじて声を出した。健太は正人に駆け寄り、肩を掴んで揺さぶる。


 「猛がっ!猛が何者かに捉まった!」

 「け、健太さんのところにも電話が……?」


 アキが震える声で問う。声だけでは無い、身体も小刻みに震えている。


 健太のスマートフォンが鳴った。急いで通話ボタンを押そうとし、ハッと気付いてスピーカーのアイコンをタップする。


 『三人、集まったか?』


 男の声が、スマホの画面からどす黒い影のように響いた。


 「……ああ。お前は、どこにいる?」


どう答えるべきか。相手の出方を見つつ、探りを入れる。

男の狙い。居場所。猛の安否。

聞きたい事は山程ある。だが、素直に教えてくれる筈はない。悠長に長話もしないはず。


だから、応じる言葉一つ一つに細心の注意を払わなければ。


 電話の向こうで、男は不敵に笑った。高らかな笑い声は心臓を掴んで揺すぶるようだった。鼓膜がビリビリと震える。知らずに噛み締めていた奥歯がギリッと嫌な音をたてた。


 『もうやめなって。』


 笑い声に、ボイスチェンジャーで加工されているが違う声音が混ざる。その声が、一つ咳払いをした。


 『ごめん、健太。……俺。陽汰。』

 「ひ、陽汰!?」

 思わず叫んでしまう。正人とアキが同時に驚きの声を上げた。


 『ほんと、ごめん。のえるが悪乗りしちゃってさ。』

 「はあ!?」


 陽汰の後ろで笑い声が聞こえる。


 「ごめんごめーん。ちょっと悪乗りしすぎましたー。反省してます!」

 ボイスチェンジャーを切ったらしく、あっけらかんとしたのえるの声がそう言う。思わず握りこぶしを握った。目の前にいたら、殴っていたかも知れない。


 「山の家にいるから。あんた達がちゃんと話し合って、落ち着いたら迎えに来て。猛も言いたいことが沢山あるんだよ。とにかく、親の都合で馴染んできた環境から引き離すのは、やめてあげてよ。健太、あんたアキに惚れてるんでしょ?だったら、守ってあげて。」


 「お、おお……。」


 なんで、のえるが知ってるんだ!?動揺しているうちに通話は一方的に打ち切られ、ツーツーと無機質な音が画面から流れる。

 

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