家出の計画
コツン、コツン、と言う音が、うとうとと睡魔に手放そうとした意識を引き戻した。陽汰はベッドから身体を起こし、窓の外を見る。
また、同じ音が聞こえた。窓ガラスに小石が当たる音のようだ。風を入れるために開け放していた窓から外を見ると、桃花の部屋の真下に小さな人影があった。
程なくして、桃花の気配が足音を偲ばせて廊下を通り過ぎた。
時計を見ると、深夜の二時を過ぎたところだ。
小学生が、こんな夜中に何をしている?
陽汰も足音を偲ばせて階下に降りていった。
玄関のドアを開けると、けたたましい蛙の鳴き声が耳に流れ込んでくる。雨は上がったが、足元の地面はまだ水分を含み宵闇に冷やされている。八月とはいえ、雨上がりの夜は少し肌寒い。家の壁に隠れてそっと覗くと、月明かりに照らされた猛と桃花が向かい合っていた。
「おかあさんが、ないしょでおひっこしをするって……。でも、ぼくいやだからにげてきた……。」
「それって、夜にげじゃん。なんでお母さんそんなことするの?借金でもしたの?」
「わるい人におそわれるかもしれないからって、いってた。」
「悪い人ってだれ?なんでおそわれるの?」
「わかんない。でも、ぼくいやだ。ももちゃんとはなれるの、いやだ。せっかく友だちになれたのに。なみ子さんもけん太さんもみんなやさしくて大すきなのに、しらない人ばかりのところにいくのはもういやだよ。」
「それ、お母さんに言った?」
「……いってない。」
聞き耳を立てなくても、二人の声は聞き取ることが出来た。
夜逃げ?
陽汰は首を傾げる。
アキが夜逃げをしようとしている?悪い人に襲われるから?
陽汰の脳裏に、先日の出来事が思い浮かんだ。
アキはテレビに映るのは嫌だと健太にはっきり断った。それなのに、健太は秘密裏に撮影を決行した。アキが嫌がった理由は分からない。だがあの時の青ざめた顔は尋常じゃ無かった。正人の怒り方もそうだ。
アキは、誰かに追われているということか?だから、テレビに出て居場所がばれるのを恐れたのか?。
「しょうが無いわね。」
桃花が腰に手を当て、大人のように溜息をついた。
「私が家出につき合ってあげるわ。……猛、もしかして歩きできたの?」
「うん。」
「ばかね。自転車じゃなきゃ遠くに逃げるの大変じゃない。……どこに行こうかなぁ。お金、持ってる?」
「もってない。」
桃花は肩をすくめた。
「準備が足りないわね。」
大人になりきった口調や仕草に、思わず笑いそうになる。
その時国道の方から一台の車がゆっくりと近付いて来た。車体がそれ程大きくないのは分かるが、暗闇で車種や色はよく分からない。その車は森山家の前から明らかに速度を落とし、徐行と呼んでいいスピードになる。ハイビームのライトに照らされ、猛と桃花の姿が、光に溶けたように見えた。余りのまぶしさに思わず目を閉じる。
車は、陽汰の前で停車した。
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