京町家と李
京町家の間口は狭い。
江戸時代の京都は、間口の広さによって税金が変わっていたらしい。間口が狭く奥行きが広いという京町家特有の造りは、節税対策なのだ。
一般的な京町家は、間口から奥に向かって三つの部屋が並ぶ。元の持ち主は商家が多く、一番手前の部屋は店の間。次にあるのが台所でプライベート空間である奥の間に続く。
「確認ですが、一部屋につき一組の客室とお考えですか?」
もしそうだとすると、各部屋を繋ぐ廊下を作らなければならなくなる。下手したら一部屋四畳ほどの極端に狭い部屋になってしまう。
李は大きく首を横に振った。
「うーん、流石にそれは無理だと思っていますよ。僕は一棟貸しのホテルにしようと思っています。」
「一棟貸し?コンドミニアムのような?」
「そうそう。一見高額に感じるけど、グループや家族で利用すればお得感あるしね。ここ、駅から近いから関西圏の旅行の拠点にも便利でしょ。」
「成る程。中を拝見しても良いですか?」
「勿論。」
李はにっこりと頷き、玄関を開ける。木の格子に磨り硝子がはめられた引き戸は、ガタガタと音を立てた。土間は吹き抜けになっていて、明るい日差しが降り注ぐ。対して炊事場や水屋は狭い空間に並んでいて、身体を横にしなければ通ることが出来ない。
店の間には大きなガラス窓があった。外見は格子戸で中を見ることは出来ないが、内側からは外の景色を格子の隙間から覗き見ることが出来る。
格子戸も簾も、中の様子は目隠しできるが、中から外の様子はうかがえるというマジックミラーのようなアイテムなのだ。古来から伝わるこのアイテムには尊敬の念すら抱く。奥ゆかしく警戒心の強い県民性に非常に良く合うものだ。
「旅行先だけど自宅に帰ったみたいに、ほっと出来る。そんな空間にしたいね。折角京都なんだから、和を感じる空間でね。」
李は見た目は派手で個性的だが、話の内容は至ってまともだった。
「想定されている最大集客数と、客層はいかがですか?」
美葉が問いかけると李は顎に手を掛けた。
「やっぱり、六人は泊まれると良いね。四人部屋なら一般のホテルの客室でもよくあるけど、六人はぐっと難しくなるじゃない?客は、本国でPRするので中国人が多くなると思うよ。出来れば富裕層相手のホテルにしたいね。自国ながら、中国人のマナーは最悪。でも留学したりして外国の風習に馴染んでいる人は、それなりに品が良い。そういう人を相手にしたい。」
美葉は少し唇を尖らせて李を見た。
「因みに李さんも留学経験があるのですか?」
李は得意げに頷く。
「勿論。高校と大学はアメリカの学校に通ってた。外から見ると、自分の国のことがよく分かる。中国は広いから、地方によって風習や文化が全く違うんだ。自己主張していかないと、相手に自分を分かって貰えない。だけど、ちょっと度が過ぎるね。相手の話を聞こうとしないのは、良くないことだと分かったよ。自分の主張をするばかりでは無く、相手のことを知る努力も必要さ。僕は今、日本のことを猛勉強中さ。トレンドも出来るだけ取り入れることにしているよ。」
そう言って、自分の胸元を指さす。ああ、と美葉は思わず声を上げた。日本=アニメ文化と外国から捉えられているのは確かだ。だから日本を代表するアニメキャラのTシャツを着ているということなのか。
それって、正しい解釈なのだろうか。
少なくとも、三十代の男性はあまり着ないと思うよ。そう伝えるべきか悩みながら、美葉はジャパニーズスマイルを顔に貼り付けた。
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