第二十章 前を向いて生きるためには

アニメTシャツの男

 涼真が紹介してくれた仕事は、京町家を簡易宿泊所にリフォームするという案件だった。施工主は、中国人男性。以前涼真が話を聞き、受けるかどうか保留していた商談だった。


 李浩宇りはおゆーという三十代前半の男性で、投資で儲けた金を資本に手広く商売をしているらしい。ホテル業などしたことは無いが、日本の民泊ブームに一口乗りたいというのが本音。「日本ガ熱烈ニ好きデス。京都文化サイコー!」は建前では無いかと涼真は疑っているようだ。


 李氏が買い取ったという町屋は木寿屋からそれほど離れていない観光地の中にあった。現地で待ち合わせた美葉は、その風貌に驚いて思わず数歩後退った。


 真っ赤なTシャツに黒のスキニーパンツ。胸元で、麦わら帽子の少年がにっこりと笑っている。日本のアニメを代表する例の彼だ。きつくウェーブをかけた髪と無数のピアス。その耳を見て美葉はルーズリーフを連想した。


 「ドウモ、初メマシテ。李浩宇イイマス。」


 李は片言の日本語で挨拶をし、美葉の手を両手で掴んで振り回した。距離の詰め方が今まで経験した中で最も早くて近い。


 「コノ町屋。ホテルニシマス。リノベーションネ。OK?」

 「はい。承知しております。リノベーションのデザインをご提案させて頂きたいと……。」

 「……ショーチ?シューチ?アア、シューイチね。週1回ウチアワセデハジレッタイデス。」

 「いえ、あの……。」


 一人で表情をくるくる変えながら言葉を確認し、行き着いた応えに顔をしかめている。


 言葉の壁にぶち当たってしまった。美葉は冷や汗をハンカチで拭った。


 これでは、意思疎通が出来ない。中国語が話せる社員、誰かいたかな。本社の社員を思い浮かべながら苦笑いを浮かべる。だが、美葉は李が「リノベーション」という言葉を発したときの発音の良さに引っかかりを覚えていた。その言葉だけ、ネイティブな発音だったのだ。


 一か八かだ。美葉は腹を括る。


 「Do you speak English?」

 何度かホームステイをしたお陰で、日常会話くらいは出来るはずだ。確たる自信は無いけれど。


 李ははっと目を見開き、満面の笑みを浮かべた。


 「Sure! I'm glad you can speak English!」

 そう言うと、再び美葉の手を両手で包み、大きく上下に振った。


 英語という世界共通の言語ツールを多少なりとも使えるようになったのは、涼真の策略のお陰だった。正人との仲を妨害する目的のホームステイに感謝する日が来るとは思わなかった。


 そもそも正人を忘れるための商談だ。異国の言葉でのやり取りも、過去を塗り替える一つの手段となるだろう。


 美葉はぶんぶんと自分の手を振りニコニコ笑う李に笑顔を返した。


*ここより美葉と李の会話は英語でのやり取りとなりますが、読みやすさを重視し、日本語で表記いたします。決して作者の英語能力が付いていかないからではありません。


 

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