彼をよろしく-2

 「美葉、お前本気でこいつの嫁さんになる気か?」

 そう言った後で、保志は探るような視線を向けてきた。美葉は一瞬ひるんだが、軽く保志を睨んで言葉を返した。


 「冗談で婚約なんてしないわよ。そんな事したらお母様に殺される。」

 「おかんにはお許しもろたんか?」

 「一応は。検品はまだだけど。」

 「検品?」

 保志はきょとんと首を傾げた。


 「ブライダルチェックで欠陥が無いか調べる必要があるらしいよ。」

 「ほんまか。」

 保志が眉をしかめた。涼真の母を悪く言うつもりはなく、美葉は慌てて首を横に振る。


 「お母様、子供が出来なくて苦労されたみたいだから。私が同じ目に遭わないように気を遣ってくれてるの。」


 ふーん、と保志は頷いた。そのまま、まじまじとこちらに無遠慮な視線を向ける。美葉は首を傾げて応じた。保志がスーツを着ていてなんとなく良かったと思う。もしもいつもと同じ作業着だったら、当別を鮮烈に思い出して切なくなっただろう。


 「ほんまに、ええんか?こいつと結婚して。」

 いつにない真剣な口調に、美葉は一瞬言葉を失った。


 分かれ道の片方を選んで進んできたけれど、この道を進み続けて本当に良いのかと問われている気がした。保志の声に、引き返せという気持ちが込められていると悟る。じくりじくりと痛み出した胸に、手を当てる。


 戻ったところで、どうなるというのだろう。分かれ道のもう片方は、通行止めなのに。


 涼真の背中が、小さく上下し始めた。無防備な背中がとても頼りなく見え、感じている胸の痛みに罪悪感を覚える。この背を支えて生きる覚悟を、決めたばかりなのに。


 「ええよ。」

 その背中を見つめながら、頷いた。


 保志がふっと息を吐いた。


 「……美葉、お前、自分に背負い癖があるって、気付いてるか?」

 「背負い癖?」


 意外な言葉に視線を戻すと、保志は労るような視線を向けていた。茶化しているようでいて、保志はいつも真剣に自分らの未来を案じてくれていたと改めて思った。保志がいなければ、自分は今ここにはいないだろう。その保志の言葉に美葉は思わず背中を正す。


 「お前は、目の前の困った状況とか、困っている人間とか見ると、自分が何とかせなあかんと思うてまうねん。おかんが死んだ時もそうや。いくらおとんが頼りにならんかったとしても、普通は葬式の段取りも店の営業も大人に代わって自分がしたろうと思わんのやで、中学生の子供が。それをやってのけたお前は凄い子やけどな。」


 「まあ……、今思うとそうだね……。」


 あの時は頑張ることが自分を支えていたような気がするので、後悔はしていない。だが本来するべき事を代わりに担ってしまったから、父は何時までもしょぼくれていたのかも知れない。正人が後に言ったように、悲しみを分かち合い、二人で協力して立ち直れたら一番良かったのだろう。


 「正人も、涼真も、一緒や。家具作りしか出来へん癖に自営を始めた職人を助けてやったり、拗れきったおっさんの孤独につきおうてやったり。」


 言われてみればその通りで、頭が上がらなくなる。


 「せやけど、人の人生を背負えるのは一人分だけやで。……どうせ背負うんやったら、オモロイと思える方を選びや。」


 ぐっと、髪を後ろから引っ張られたような気がしてよろめき、床に手をつく。


 一瞬、正人の笑顔が脳裏に浮んだ。その鮮明さに狼狽えてしまう。


 オモロイ方。


 正人と樹々を築く未来と、社長夫人として涼真を支える未来。

 オモロイ方を選ぶのならば、答えは決まっている。


 しかし。美葉はすっと顔を上げた。


 「選んだ道をオモロくしたら良いんだもの。選択基準はそこじゃ無いわ。」

 毅然とした気持ちで言い返すと、保志は困ったように眉を寄せた。


 「頑固やなぁ……。」


 その顔に挑戦的に笑みを向ける。

 「節子ばあちゃんに言われたの。選んだ答えに責任を持ちなさいって。」

 「さよか……。」

 溜息交じりに答えた保志の顔に、寂しさが浮んだ。


 保志は正人の事を想って、自分が戻るように仕向けたいのだろう。だが正人本人が望まないのだから、その選択肢は無いに等しい。


 彼がなぜ自分を遠ざけたのか。

 本当は、その答えだけは知りたかった。


 「……正人さんは、元気にしてる……?」

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