彼をよろしく-1
美葉がドアを開けると、雨音と共に保志が涼真を担いでなだれ込んできた。むわっと脂を纏った煙の臭いが鼻を刺激した。黒煙の塊が二人を包んでいるようだ。
「便所どこや?」
保志の問いかけに狼狽えながらその場所を指さす。
「先リバースさせてくるわ。」
呆気にとられる美葉の前を涼真が引きづられて行く。無造作に投げ捨てられたスーツの上着から、二人を包んでいた強烈な臭いがした。これは、涼真のコレクションの中でも催事に着ていくような最上級のスーツでは無いか。それが通天閣周辺の匂いを放ち、おまけに油染みを点在させている。余りの出来事に目眩がしてきた。
「あんな不味い肉に安物の酒飲ませるからやー!」
呂律が回らない叫び声が聞こえてくる。
しばらくして、千鳥足の涼真を保志が引き摺って戻ってきた。
「やかましいから寝かせよ。布団どこや。」
美葉は慌てて寝室まで先導した。そこで保志は手際よく涼真の衣服を剥ぎ取り、ベッドの上にその身柄を放り投げる。トランクス一枚の涼真を横向きにし、丸めた掛け布団をその背中にあてがった。
「こいつ多分寝ゲロするわ。仰向けで寝てたら窒息するかもしれんからな。木寿屋の社長が寝ゲロで死んだ言うたら、流石に世間体が悪いやろ。」
ケタケタ笑う顔を睨み付ける。
「涼真さんに何したのよ。」
「何って、焼き肉奢ったっただけやんか。」
そう言って、ニヤニヤと笑いながら床に胡座をかく。やれやれと呟きながらネクタイを緩めた。スーツ姿の保志は珍しい。
「克子が熱出しよってな。ピンチヒッターにかり出されてん。むかついたから、涼真にちょっと八つ当たりしたった。」
「ふーん。一応社長の息子らしいこともするんだね。」
「できれば願い下げや。今回はタイミングが悪かった。」
ケラケラと笑う。涼真と立場は似たようなものなのだが、保志の奔放さには呆気にとられるしか無い。
涼真がベッド上で呻き声を上げている。
「涼真さんは、やっさんの前だと子供みたいだね。」
思わず呟くと、保志は軽く笑った。
「もう、ええおっさんやで?こいつ。」
美葉も思わず笑ってしまう。
「確かにねー。でも、なんだかんだ言って、気を許せる相手ってやっさんだけなのかなーって思う。」
「勘弁してーや。」
保志は苦笑してベッドに視線を向けた。それから、やけに改まった口調で問いかけてきた。
「美葉、お前本気でこいつの嫁さんになる気か?」
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