ホルモンとビール攻撃-2
「言うたやろ。美葉の気持ちが1ミリでも傾いてるんやったら邪魔はせん。一応、5ミリくらいは傾いてるみたいやんか。」
保志は笑い涙を拭きながら言葉を返した。涼真はシマチョウをこちら側に押しのけながら不満そうな視線を向けた。
「5ミリって。人聞き悪い。結婚を承諾したんは美葉の意思やで。」
「お前の作戦勝ちや。先手必勝作戦。それと美葉の性格分析。……お前は将棋が得意やったからな。見事劣勢をひっくり返したわけや。」
「……まあ、ね。」
まんざらでも無いというように片眉を上げ、秘蔵のハラミを口に入れる。途端に顔をしかめてビールで流し込んだ。庶民の味は、このボンボンの口にとことん合わないようだ。
「美葉のどこがそんなに気に入ったんや?確かにべっぴんさんやし頭も切れる才女やが、お前にとったら小便臭いガキやろうに。」
空きっ腹に立て続けにビールを流し込んだためか、涼真の目がトロンと緩んでいる。その緩んだ瞳を涼真はそっと細めた。
「最初は、その才能に惹かれた。結婚相手には家柄的にそぐわへんけど、デザイナーとしてつなぎ止めておくために、相応の年齢になったら恋愛関係に持っていこうと思うとった。愛人にして子供を産ませてもええかなと。それやったら、その子をちゃんと教育できるように上流社会の作法を身につけて貰わんと、と思って師匠にしつけて貰った。」
やっぱりこいつは鬼畜だ。そう思いながらも、口に出すのは堪える。やっと本音を吐き出したのだから、緩んだ口を閉じさせるわけにはいかない。
「そやけど、全く靡かへんねん、彼女は。」
ふっと息を吐いて煙に霞んだ天井を見上げる。
「社長夫人って餌をぶら下げても全く見向きもせえへん。頼りない家具職人に入れあげて、こっちを見ようとせえへんのや。まぁ、ちょっとマスクはええけど。あいつはそれしか僕に勝つもんは持ってへんのに。」
保志は思わず苦笑した。見くびっているようだが、知能指数では正人の方がずっと上だ。あいつが道に迷ったとしても、そこそこ大きな会社経営者の親族が後ろ盾についている。野垂れ死ぬことはまずない。自営にこだわらずとも、人並み外れた家具職人の腕を活かす方法はいくらでもある。
そして何より、人から愛される才能を正人は持っている。涼真が演じる完璧な社長を崇拝する社員は多いだろう。しかし素の九条涼真を愛する人は数少ない。逆立ちしても叶わない相手を見下したまま、涼真は得意げに話を進める。
「そこで、分析してみたんや。彼女があの家具職人に惚れた理由を。……彼女は守るよりも守ってあげたい人であり、自分の足で人生を切り開きたい人である。それさえ分かれば、案外簡単やった。美葉が好きな弱い男を演じたら、コロッと手の内に転がり込んできたで。拍子抜けするくらい簡単に。」
「いつもやったら、そこで飽きが来るやろう。何で結婚する気になったんや。愛人でもええんと違うん。」
保志はロースターにシマチョウを並べながら問いかけた。
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