ホルモンとビール攻撃-1

 台風に伴う雨雲が激しい雨を降らしている。保志はタクシーを降りて、雨を避けるように焼き肉屋に飛び込んだ。店の中は奥まで見渡せないほど煙が充満し、焼き肉の芳香と煙の匂いが嗅覚を襲う。


「うわ、ここ?」


 赤のれんの前で涼真は嫌悪感をあらわにし、悲鳴のような声を上げる。四人掛けの座席が2席とカウンター席しかないこぢんまりとした店だ。各テーブルに小さな焼肉ロースターが置いてある。本社に用がある時によく立ち寄る店だ。いつもはカウンターで一杯やってから近くの安宿に泊まる。


 「排煙装置付いてないやん……。」


 涼真の眉がハの字にたれる。アルマーニの上着を脱ぎハンガーを探すが、そんなしゃれた物は勿論ない。仕方なく涼真は椅子の背もたれに上着を掛けた。


 「ハラミとてっちゃん。脂ギトギトの奴な!それと飯大盛り!ビールはピッチャーで!」

 保志はニヤニヤしながら声を上げる。あいよー!と威勢の良い声が応じた。


 「ピッチャーでって、二人やで?」

 「わかっとるがな。」

 「ぬるなるやん。」

 「温なる前に飲んでもうたらええやんか。」


 涼真は大きな溜息を吐いた。


 京都に帰っていたタイミングで妹が熱を出し、代わりにホテルのオープニングレセプションに出ることになった。そこで涼真を見付けたのだが、あまりにも勝ち誇った様子ですり寄ってくるものだから、憂さ晴らしをさせて貰うことにした。


 「この前奢ってもろうたからな。今日は俺の奢りや。何でも食うて飲んでくれ。」

 「あー……。じゃあ、シャトーブリアン……は無いのか。上カルビも……?っていうか、ホルモンばっかりやん、この店。」

 「当たり前やん。ホルモン屋やからな。」

 しかめっ面が面白くて笑いが込み上げてくるのだが、最初から気分を害しては飯がまずくなるので必至で堪える。店長の拘りでメニューには「ホルモン」と呼ばれるものしかない。馴染みがあるのはハラミとタンくらいだろう。


 早速ピッチャーとジョッキが運ばれてきた。アルミの皿に、白い脂を纏ったシマチョウも。白米は仏壇に供えるやつかと突っ込みたくなるくらい大盛りだ。


 「これやこれや!」


 ロースターにシマチョウを並べると、たちまち炎があがる。う、と涼真は顔をしかめた。脂をこがしながら焼いたホルモンは、白い米とよく合うのだ。


 「うわ、獣臭っ!」

 シマチョウを口に入れた途端涼真は顔をしかめてビールをあおった。顔中に苦情を書き並べて涼真がこちらを睨む。


 「これは、嫌がらせ?」

 「何の?」


 すました顔でハラミを並べる。涼真はロースターに視線を移して口元をへの字に曲げた。


 「お抱えの家具職人さんから美葉を奪ったから、その腹いせ?」

 「そんなみみっちいことするかいな。」


 その意図は少しはあるものの、一笑に伏す。納得がいかないという顔をしながら、涼真は肉をひっくり返す。


 「大体こんな安い肉、無造作に焼いたら固くなるだけやん。ある程度表面を焼いたら端に置いてじわじわ熱を通さな……。」

 「面倒臭いやっちゃな。ガーッと焼いてガーッと食ったらええやろ。」

 肉の隙間にシマチョウをくべると一気に火の手が上がる。涼真は悲鳴のような声を上げた。その様子がおかしくて笑いが止まらなくなる。

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