農業女子-1

 森山家の広い居間に大勢が集まるのは、久しぶりのことだった。節子の葬式以来だろうか。座卓には大皿にてんこ盛りにされた刺身や、キューリやシソ、かいわれ大根などの野菜、卵焼きやマヨネーズで和えたツナ、全形を四等分に切ったのり、酢飯が並んでいる。


 「すごい!お正月じゃないのにおさしみがある!」

 「た、猛、やめて……。」

 猛が目をキラキラと輝かせて歓声を上げ、その隣でアキは顔を真っ赤に染めて俯く。


 花火の余韻を引き摺って高揚した大人達は早速ビールを開ける。何故か泣きはらした顔の正人も、一番端の席で乾杯に加わった。まだアキとは言葉を交わしておらず、出来るだけ離れた席に敢えて座ったようだった。健太の恋が実って欲しいが、正人とアキのギクシャクした関係は何とかなって欲しいと悠人は苦笑いを浮かべる。健太は、すっかり猛の父親気取りで、手巻き寿司の作り方を伝授していた。


 「猛は、どの刺身が好きなんだ?」

 「カニ!」

 猛は間髪入れずに答える。


 「あらー、蟹は買ってこなかったなー。」

 波子が残念そうに言うと、アキは身体を小さくしてふるふると首を振る。

 「あの……。多分カニカマの事で……。」

 波子は大きな口を開けて笑う。


 「カニカマかぁ。それも買わなかったなー。でも、他のお刺身も美味しいよ。おすすめはマグロ!」


 「マグロはこいつだ!」

 健太がマグロをとり、猛の皿にのせた。猛は健太の手元を見ながらくるりと海苔を巻くと、大きな口を開けて頬張った。その目が、見る見る大きく見開かれる。


 「おいひい!」

 いつも行儀の良い猛だが、思わず口をついてしまったようだ。アキはまた、恥ずかしそうに顔を赤らめた。


 「子供は、ちょっとくらい行儀悪うてもええねん。思い切り食え。」

 保志がガハハと笑う。つばを飛ばして笑う自分が一番行儀が悪いだろうと悠人は肩を竦めた。


 「白身の刺身なら、大丈夫かもよ。ちょっと食べてみたら。」

 「えー。いいよ。痒くなったら嫌だもん。」


 千紗と桃花が穏やかに会話をしている。千紗には、出来るだけ皆の集まりに出ようと提案した。何よりも孤独がいけないのだと悠人は思う。正人がやっと一人では無いと気付けたように、千紗にも仲間を作って欲しかった。


 「波子さん、ちょっとテレビ付けてもいいかい?」

 おもむろに健太が立ち上がり、波子の了解を得る前にリモコンを操作し始める。


 「なんや、おもろい番組があるんか?」

 酒が入り気分が良くなってきたらしい保志が声を掛けたが、健太はにやりと笑っただけではっきりとは答えなかった。


 森山家のテレビは60インチの大きなものだ。柔軟剤のCMの後、画面一杯に田園風景が映し出される。瞬時に、自分の農場だと分かった。


 畦道の向こうから、トラクターが走ってくる。画面一杯に、トラクターを運転するアキの顔が映し出された。

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