農業女子-2

 「えー、いつの間に!」

 悠人は思わず声を上げた。どうやら、農業に携わる女性を特集した番組のようだ。


 「お次は札幌の隣町当別町のアキさん。アキさんは小さな身体でトラクターを乗り回す勇ましい女性です。でも、もう一つの顔は優しいシングルマザー。小学校二年生の男の子のお母さんでもあるのです。」

明るい女性の声が、軽やかなBGMと共に流れる。


 スクールバスから降りてきた猛が、母に飛びつくシーンが映し出される。猛に向けられた愛おしげな眼差しが画面一杯に映っている。


 テレビ画面から漏れる光が、実物のアキに影を作る。その顔が見る見る青ざめ、強張っていく。


 「健太!」

 おもむろに正人は立ち上がり、叫んだ。何事かと思う間もなく、テレビの横で得意げな顔をしている健太の肩を掴む。正人の身体にぶつかったビールの缶や醤油を入れた皿がテーブルを汚していくが、正人は一瞥もせず健太を睨み付けている。顔が真っ赤に高揚し、般若のように目をつり上げている。


 「これは!どういう事だ!!」

 「へ?どういうって……。」


 ぽかんとしている健太の胸ぐらを正人が掴む。食いしばった奥歯がぎりりと音を立てたのが分かった。その奥から、地を這うような声が漏れる。


 「アキの了承は得ているのか!?」

 「いや……。」

 「勝手なことをして!アキに何かあったらどうするつもりだ!」

 健太の胸ぐらを掴んだまま前進したので、健太の足がもつれて仰向けに倒れ込んだ。正人が健太に馬乗りになる。正人は健太に向かって拳を振り上げた。


 「正人、やめとけ。」


 保志が冷静な声で正人を制し、両脇を抱えて立ち上がらせた。正人は興奮して肩で息をしている。


 「健太がテレビに関わると、ろくな事が無い!アキに何かあったら……。」

 「わかった。正人、もうやめとけ。健太は何も知らんねんから。」


 尚も掴みかかろうとする正人を、保志が押さえる。口ぶりから保志は何らかの事情を知っているようだった。その顔も険しく歪められている。正人は大きく身体を捩ったが、やがてうめき声を上げて脱力した。右手で自らの頭を掴み、ぐしゃぐしゃと伸びた坊主頭を掻きむしる。


 強張った空気に、テレビから聞こえる女性の声が奇妙に明るく響く。アンテナショップが映し出されて、みたらし団子を手にした老女がその味を褒め称えている。


 「……ごめんなさい。……帰ります。」


 正人は項垂れたままそう言った。


 出入り口に向かって一歩踏み出したが、思いついたように足を止めた。首を巡らせてアキを探す。アキはテレビの前で立ち尽くしていた。画面のアキはエクボを見せて笑っているが、実物のアキは青ざめた顔で正人を凝視している。正人はアキに近付き、顔を寄せた。耳元で何かをささやいた後、視線を合わせてアキに一つ頷き、くるりと背を向けた。

 

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