花火の夜:保志
空に盛大に上がる花火は、余韻を生かすように時折静かな間を空ける。花火とは本来こういう情緒を楽しむものだ。昔見た花火は、まるで絨毯爆撃のようだった。
輝季を連れて、日本で最も大きな花火大会を見に行った。尤もそれは一般の花火大会ではなく、宗教団体の教祖の誕生日を祝う花火だ。一般的な花火とは桁違いの量の花火を間断なく打ち上げるので、煙幕が張って折角の花火が見えにくい。絶え間なく響き渡る砲撃のような爆発音に、輝季はとうとう泣き出してしまった。
「泣くなや!花火くらいでみっともない!」
保志はそう怒鳴り、輝季も嫁もシュンとしてしまった。
思えばディズニーランドに行っても煙草が吸えないとプリプリ怒ったり、嫌がるのに無理矢理にジェットコースターに乗せて乗り物酔いにさせたり、遊びに連れて行っては嫌な思いばかりさせた気がする。
今自分の周りにある、穏やかな空気にもっと早く出会えたら良かった。口を少し開けて空を見上げる猛に、幼い頃の輝季の姿を重ねてみる。こんな無邪気な姿を、見たことがあっただろうか。少し覗いた記憶の中には見当たらないが、更に記憶をほじくり返す勇気は持てなかった。
空に、花火が上がる。一瞬の光が折り重なり空を染めていく。
花火の音に混じって、隣から鼻を啜る音がした。見ると、正人が空を見上げて涙を流していた。
その姿が、一瞬輝季に見えて、心臓が止まりそうになった。
『仁さんが新しいことを発見したり、挑戦したり、そんな日常を共に過ごす方が、綾さんは楽しいのかも知れません。だから、仁さんは思い出の中に生きるのでは無く、今を生きた方が綾さんの為なのではないかと思いました。』
不意に正人が仁に伝えた言葉が耳の蘇ってきた。
『死者の心は、変わるのやろうか。』
あの日何故、正人にそう問いかけたのだろう。自分はやはりどこかで救いを求めているのだろうか。そんな甘えた気持ちが、……人間らしい気持ちが、自分に残っているのだろうか。
思い出の中に生きるのではなく、今を生きた方が共に過ごす綾の魂も楽しいだろう。そう、正人は思ったのだ。
涙に肩を上下させている正人の頭に、手を置く。正人が涙に濡れた目をこちらに向けてきた。
正人の母が、もしも正人を見守っているならば、きっと今頃心から申し訳ないと思っているだろう。正人は残されたものとして、幸せを求めて生きて欲しい。
切にそう、願った。
自分は。
もしも輝季が傍にいるのであれば、今もまだ恨みがましい目を向けて呪っているだろう。その心が救われる為には、恨みを受け止めるしか方法が無いと思っていたが。
今を生きれば、輝季も共に生きることになるのだろうか。
そんなことが、あり得るのだろうか。
咲いては宵闇に消えていく花を見つめながら、問いかける。
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