花火の夜:健太
付き合っている女と手を繋いで、この花火を見るのが夢だった。その夢が、半分だけ叶った。
アキとは付き合ってはいないけれど、手も繋げていないけれど、一緒に花火を見ることが出来た。それがこんなに幸せなことだと思わなかった。
生まれて初めての花火を見るアキは、口を少し開けて目を見開いて一瞬で消える光を見つめている。その横顔が、花火の色に次々と染められていく。
か弱くて、いつも不安げで、だけど内側に強さを秘めたアキという
今まで沢山恋をしてきたけれど、こんなに強烈に人を愛したことはない。だから、どうしても慎重になってしまうのだ。時折見せる表情や反応に、手応えを感じないわけではない。もしかしたら、アキも自分の事を好きなのではないかと思う瞬間が、無くも無い。これまでの自分だったら、その反応に有頂天になり告白しているはずだが、二の足を踏んでしまう。
もしも、振られたら。
自分とアキが気まずくなるだけでは済まない。アキはここに居づらくなってしまう。折角見付けた生きる糧を得る場所を奪ってしまうことになる。
だから、アキから確信が持てるようなリアクションがあるまでもう少し待とう。
だけど、来年の花火は、手を繋いで見にこれたら良いな、と思う。
「健太さん……。」
花火の音にかき消されそうな声でアキが名を呼ぶ。綻ぶような笑みを自分に向けている。
「健太さんのお陰で、幸せだと感じることが出来るようになりました。今も、とっても幸せです。本当に、ありがとうございます。」
アキが、幸せだと言ってくれた。それだけの事なのに、健太の胸が喜びに溢れていく。
「俺も、幸せだぜ。アキとこうして、花火を見られて……。」
思わず呟いてしまう。アキの顔が驚きに変わり、頬が赤く染まっていく。花火のせいなのかも知れないし、それだけでは無いかも知れない。それだけではないと、思いたい。
花火が矢継ぎ早に打ち上がる。どうやら第一部のクライマックスのようだ。自然と空に視線を戻した。
空に、大輪の花と光が群れるように輝く。
「私が、普通の人間だったら……。」
腹の底に響くような破裂音の間に、そんなアキの呟きが混じった気がした。思わず見つめたアキの頬に、涙が伝っていた。
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