花火の夜:悠人

 花火を見に行こうと誘ったら、千紗は面倒臭いという顔をした。


 「正人を誘いたいから、手伝って。」

 そう頼んでやっと、承諾を得た。多分本当は最初から断る気は無かったのだろう。でも二言返事で行くと言えないのが千紗のややこしいところだ。


 そんなややこしさに付き合うのが最近面倒になっていた。でも、これからは出来るだけ付き合っていこうと思っている。あの夜以来、千紗も変わろうとしているのが分かるから。


 千紗は案の定、無遠慮に天岩戸の扉をぶち壊して正人を引っ張り出した。もしかしたら正人には、こういう無遠慮で強引な人間が必要なのかも知れない。


 「何年ぶりかな、花火を見るの」

 そう言って手を繋ごうとしたら、甲をはたかれた。


 「こんなに大勢いるところで手を繋がないでよ。」


 そう言ってムッとした顔を前に向けた。


 「いいじゃん、佳音と錬も繋いでるし。」

 「あっちは新婚さん。ウチらはもうカビが生えてるでしょ。」

 「んなことねぇべさ。まだ結婚して4年目だぜ?新婚って呼んでも差し支えないベさ。」

 「いや、そもそも男と手を繋いで歩くとか、無理だし。」


 素直になれない千紗の手を、強引に掴む。細くて小さな手は抵抗しなかった。


 「僕、そろそろ滝之湯に行かないといけない時間なのに……。」

 「まだそんなこと言ってる。」

 正人の呟きに、千紗が呆れたように溜息をつく。


 「今日は、とことん付き合って貰うよ。花火の後は、森山家で手巻き寿司パーティーさ。」


 そう告げると正人は眉をハの字にした。

 「そんなぁ……。」


 困り果てて溜息をつく正人の背中を保志がバンと叩いた。

 「なんや、明日のことを気にしとんのか!」

 「勿論ですよ!寝る時間は特に、一分でもずれないようにしないとっ!」

 「明日くらい休みにしたらええやないか。仏壇も納品したし、どうせ今注文入っとらんやろう。」

 「そ、そうですけどっ。」

 「そういや、樹々って定休日あったっけ。」

 波子が首を傾げる。正人は口をへの字に曲げたまま、首を横に振った。


 「休みだからって、する事無いし……。」

 「くそつまらんやっちゃな!」


 保志がそう言って、ガハハと大口を開けて笑う。つられて笑うと、波子や千紗も笑っていた。頭上で大人達が賑やかに笑うので、猛と桃花が何事かと上を向いた。


 隣には健太とアキがいて、その後ろで佳音と錬が手を繋いでいる。陽汰は少し離れた場所で、バンドメンバーと話をしている。派手な格好をした男の声が賑やかだ。


 輪を構成する人々。


 それぞれ違う営みをしながらも、助け合う仲間達だ。共に家族を作り、育て、老いて行く仲間達だ。


 ヒュルヒュルと空を切る音がして、花火が空に浮かび上がる。


 「わ、綺麗。」

 隣で、千紗が呟いた。


 「そう言えば、高校生の時、一緒に見に来たよな。」

 「あー。そうだったね。みんな、元気かな。」

 その時花火を見た友人達は、当別では無い所へ行ってしまった。


 「みんな、元気にやってるだろうさ。俺たちがこうやって幸せであるように、あいつらもきっと幸せさ。」


 「幸せ……?」


 千紗が意外そうな顔をこちらに向けた。その顔はないだろうと少し傷付きながらも、千紗に大きく頷いた。


 「幸せだよ。千紗は、違うのかい?」


 千紗の顔が、赤く染まる。花火の光のせいだけではないような気がする。照れくさそうに唇を歪め、ふいと空に視線を向ける。


 「幸せ、かもね。」

 花火の音にかき消されそうな呟きに、悠人は手をぎゅっと握って答えた。

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