花火の夜:陽汰

 「歩いて行ける場所で花火が見られるなんて、凄い贅沢。」

 大学のグラウンドへ続く階段を上りながらのえるが言う。きっと運動不足なんだろうな、結構息が弾んでいる。そんな事を思いながら、陽汰は黙々と脚を動かしている。

 

 「田舎ならではだな。札幌みたいな住宅密集地でそう簡単に花火を打ち上げるわけにはいかないだろう。これだけ田んぼや畑しかかない場所だったら、どこでも打ち上げ放題だ。」

 「田舎ってすげー!すげー真っ暗!花火やんのに来る人こんだけ!?超ウケル!」

 世史朗の言葉の半分は翔のけたたましい声でかき消された。世史朗は相手が自分の言葉を聞いていようがいまいが気にしない質である。そういう意味では翔も同じだが、翔の場合は矢継ぎ早に思いついた事を話す性質があり、相手の反応を待つ余裕が無いのだ。週一練習のため顔を合わせているので、二人のテンポに大分慣れた。


 「確かにそうかもね。花火大会ってさ、人が多くてバスも電車も寿司詰め状態でさ、現地付く前に死んじゃいそうってイメージ。絶対行きたくないって思ってた。」

 「えー、のえる花火初めて?」

 「そうだね。連れて行ってくれるような親じゃなかったし、一緒に行く友達いなかったし。」

 「のえるぼっちじゃん、ウケル!」

 「翔はどうなのよ。」

 「俺人類皆友達だから。」

 「お前は絶対迷子になるから、誰も一緒に行きたがらないだろう。」

 「すぐホントのこというんだからさ、世史朗ウケルー。」


 翔がウケない事ってあるんだろうかと最近思う。


 「何にせよ、徒歩圏内でこれほど閑散とした花火大会がある環境というのはうらやましい。」

 世史朗の言葉に親指を立てて応じるが、周りには沢山の人が歩いており、閑散としているわけではないだろうと心の中で反論する。久しぶりに来てみたが、結構人が多くて自分としては息苦しさを感じるのだが。


 陽汰が最後に花火を見たのは高校二年の時だった。仲間達と自転車を飛ばして花火を見に行く。それは小学生の頃から毎年繰り返されてきたことで、これからも当たり前に続くと思っていた。


 高校二年の夏の日の花火。あれが仲間で見る最後の花火になるなんて、思いもしなかった。


 高校を卒業して家に引きこもったら祭りや花火に関心を持てなくなった。兄が家業の手伝いをするよう手配してくれたからフリーターという体裁は保てたけれど、社会からどんどんはぐれてしまう怖さをずっと感じていた。


 のえるが、自分を見付けてくれなかったらどうなっていただろう。

 そう思うと、時々怖くなる。


 巷には素人が発信する音楽なんて腐るほど溢れている。のえるが自分の音楽を耳にしたのは、奇跡のような確率だ。ku-onの動画を世史朗と翔が見付けてくれたのも。神様なんて信じないけれど、もしもいたら本気で感謝すると思う。


 グラウンドに人が集まり、期待が空気に満ちている。


 健太は「好きな人と一緒に花火を見る」という念願を叶えて嬉しそうだ。佳音と錬が夫婦になるとは思っていなかったけど、二人とも幸せそうで何よりだ。兄嫁がいるのはうんざりするが、機嫌が良さそうなので安心する。ガキども二人は最前列にしゃがみ込んでいて、見張り役の保志と波子がその横に立っている。孫の面倒を見るじじばばみたいだ。久しぶりに姿を見せた正人も、変わりなくぼんやりと空を眺めている。


 「なんか、いいよね。」


 のえるが呟く。のえるの顔を見るのに見上げないといけないのが毎回なんとなく腹立たしい。のえるは空に視線を向けていた。シルバーアッシュの髪がふわふわ風に靡いている。


 「みんなが一つのものを待っていて、みんながなんとなく幸せそうで。こんな場所に来たのは、始めて。」

 陽汰も空を見上げた。


 確かに今この場所に流れる空気は、幸せな色をしている気がする。仲の良い友達や恋人、家族なんかと、花火という形の残らないものを見る。みんなそれぞれいろんなものを抱えているけれど、今この瞬間だけは、同じ想いなのかも知れない。


 「陽汰に会わなかったら、こんな体験出来なかったね。」

 のえるが照れくさそうに、そう言った。


 ひゅるひゅると空を切る音が聞こえ、ドンという音と共に赤い花火が炸裂した。それに続いて、黄色やオレンジの花火も上がる。丸い菊の花のような花火の間を縫うように、扇のような光が空に広がる。ヒャッホーと翔が奇声を上げた。


 のえるの人生も、自分に出会って変わったのだ。


 改めて、そう思った。


 のえるもまた、社会からはぐれていた。もしも出会わなかったら、今も部屋に引きこもっていたのかも知れない。


 この世界に、自分のいる場所なんて無いと思っていた。だけど、のえるや、かなり変わった二人と一緒にいたら「世界」の認識が変わった。


 世界は真四角でとても狭いと思っていた。だけど、本当はいびつな形で、無限に広がっている。そのどこか片隅に自分の居場所を見付けるなんて、案外難しいことじゃないのかもしれない。


 自分はこの世界で極めて異質な存在だと思っていたけれど、よく見回してみれば自分よりも個性の強い人間は山のようにいる。これだけ沢山いるのだから、気が合う人間に出会うことなんて簡単だ。


 現に、ku-onのメンバーは全員個性が強くて、面白い。


 この出会いに感謝するけれど、これからは神様に頼らず自分たちでやっていかなければな、と思う。


 来年も、のえると花火を見に来る。世史朗と翔とも。その時にも出会ったことに感謝できるように前に進んでいこう。


 そしていつか。

 何時になるか分からないけど。


 のえるを守れる、強い人間になりたい。


 空に咲く大輪の花は、一瞬で消えて光の粉に変わっていく。

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