花火の夜:佳音-2
「そっかー。大変な仕事だよな。立ち仕事だろ?でも、自分が作った商品がさ、日本全国いろんな人の口に入るって凄いよなー。俺の作るパンは地域密着だからな。憧れるよ。」
屈託無く錬は笑う。その言葉には皮肉のかけらもない。錬は心底そう思っているのだ。加代は気まずそうに目を伏せた。加代の隣にいる女性が加代の肘を引っ張り、早く行こうと促した。三人は軽く手を上げて歩を早める。
「ごめんね、森山さん。良い子産んでね!」
一人が振り返って手を振った。手を振り返す間もなく、三人の姿は増えてきた人の波に消えていく。
ぽん、と錬の手が頭に置かれた。上目遣いに見上げると、錬が微笑みかけている。
「懐かしいな。みんな大人になったんだな。」
暢気な声に、佳音は思わず唇を尖らせた。
「加代は相変わらずだったけどね。」
ああ、と錬は声を漏らした。
「そうだ、加代ちゃんだ。名前、思い出せなくてさ。」
そう言ってから、はは、と笑う。
「気にすんなよ。人に当たらないと憂さ晴らしできない人間もいるのさ。そんなの、聞き流せば良い。」
「それは、そうなんだけどさ。」
不快な感情は晴れず佳音は錬に不服だと視線で訴える。錬の手がポンポンと頭の上で跳ねた。
「何で人って、マウントとりたがるんだろうな。」
「マウント?」
しみじみと呟く錬の言葉に思わず問いかける。
「職業だったり、身につけているものだったり、付き合っている異性だったり。少しでも自分が勝っていることを探して相手を見下そうとするんだよ。くだらないよな、そう思わね?」
「……。」
錬の問いかけは、佳音の心をチクリと刺した。
さっき、確かに自分は加代よりも上に立っていると感じていた。そう思うことで、中学時代自分を虐めていた女を馬鹿にした。
「皆、一生懸命生きてんだ。それは、変わらないのさ。でも、自分よりも弱いなーって思う相手にはさ、どうしても強者として振る舞っちまう。気に入らない相手だと尚更。平気で嫌な態度を見せたりするじゃん。」
佳音の胸がドキンと跳ねた。
彷徨わせた視線の先に、アキを見付けた。健太がアキに歩を合わせているのが分かる。二人の間には人一人分の隙間があり、それはが二人の微妙な距離感を象徴している。
自分は、アキに対してあからさまに嫌な態度をとっている。アキの存在が気に入らない。美葉のいるべき場所を奪った人物だからだ。でも、「気に入らない」という気持ちを態度で表してしまうのは、自分がアキよりも上だと感じているからなのだろうか。
アキは、いつも俯いていて、声が小さくて、弱々しい。
『白豚!ブヒブヒ言ってみろよ!』
片思いだった男の子からそう言われて、俯いていた自分と同じじゃないか。
苦い思いが、胸に込み上げてくる。錬の手が、頭を離れた。すっと頭が冷たくなり、心細くなる。だが、その手はすぐに佳音の手に触れ、指を絡めてきた。佳音は錬の手をぎゅっと握った。
「イテテ……。」
指をぎゅっと締めた形になり、錬が身体を捩る。
「もうっ!佳音は乱暴だなっ!」
そう言って、ぶんぶんと大きく手を振った。階段を上りきり、芝生のグランドを歩く。健太の後ろで錬と佳音は足を止め、空を見上げた。まだ花火は上がっていない。期待に溢れた熱気が空気を満たしているが、空は静寂を保っていた。
「今からそんなに上見てたら、首が疲れるぜ!」
健太の声が聞こえて視線を向けると、アキが顔を赤らめていた。その小さな身体を、佳音は見つめる。
『皆、一生懸命生きてんだ。それは、変わらないのさ。』
錬の声が耳に蘇る。その言葉が、コロンと胸に落ちてきた。
高校を卒業して看護学校へ行ったけれど、成績が悪くて劣等感の塊だった。友達を作るのが下手で、寂しい思いもした。看護師になっても不安ばかりで、悪い男と付き合い痛い目を見た。今はとても幸せだけど、いろんな辛いことを乗り越えてきたから今がある。
一人で子供を産んで、育てる。
夫や母や義父母など頼れる人が沢山いても心細いのに、それは大変な事だっただろう。自分が色々なことを乗り越えてきた別の場所で、アキは一人で生きてきた。
凄い人だな。
純粋にそう思えた。
視線を感じたのか、アキがふとこちらを見た。視線が交わる。
佳音は、そっとアキに微笑みかけた。アキが微かに驚いた顔をする。
ヒュルヒュルと空を切る音がして、大きな破裂音がした。同時に、空に丸く大きな花が咲く。アキの頬が赤く染まった。
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