花火の夜:佳音-1

 国道の向こうにある大学の学園祭前夜には、毎年花火が上がる。


 大学は山の斜面を切り開いて建てられている。グラウンドは高台にあり、長い階段を上っていかなければならない。


 佳音は錬と手を繋いで歩いていた。二人の前には波子と保志が並んで歩き、冗談を言い合って笑っている。波子の前に健太とアキが肩を並べて歩いていて、二人の前に桃花と猛が寄り添うように歩いている。知らない人が見たら、家族のように見えるだろう。桃花の両親は、樹々に寄って正人を連れてくることになっていた。錬と佳音の後ろには、陽汰とのえる、そして奇妙な出で立ちの男が二人のんびりと歩いている。


 錬も佳音も、花火を見るのは久しぶりのことだった。


 錬は五年間失踪していたから当たり前だし、佳音も看護学校に通うために家を出てから、祭りの時期に実家にいることはなかった。


 「そっか。」


 そんなことを考えていたら、思わず独り言を言ってしまった。うん?と錬が身体を折り曲げて顔を覗いてくる。佳音は独り言を聞かれて照れ笑いを浮かべた。


 「最後に花火を見たのは、高校二年生の夏だったね。」


 確かその時正人は一緒に来なかった。来年一緒に行こうと約束したけれど、次の年は雨が降って中止になった。


 「そうだった。あんときは、皆で自転車飛ばして行ったよな。」


 あの時は美葉もいて、何がおかしかったのか忘れたけれど、皆声を上げて笑っていた。


 もう美葉はここにいなくて、その隙間に入り込むようにアキがいる。佳音の胸に暗雲が立ちこめた。美葉とこの花火を見ることは、もう二度と無いのかも知れない。そう思うと寂しくて、アキの存在が余計に疎ましく思える。


 「あー、森山さん久しぶり!」


 突然声を掛けられて驚く。顔を上げて声の主を見て思わず眉をひそめた。中学の同級生が三人、割り込むように佳音と錬の前に現われたのだ。三人とも、嘗て佳音を虐めていた人物だ。三人とも綺麗に化粧をして、ワンピースやミニスカートで着飾っている。声を掛けてきた女性は確か加代という名前だった。当別の市街地に住んでいて、親は役場に勤めていたと思う。教師達の前では積極的な優等生を演じていたが、影で同級生達を先導し佳音や陽汰を虐めていた。


 「聞いたよ!出来ちゃったんだってねー。手短なとこで手を打ったんだねー、おめでとう!」


 加代は馴れ馴れしく佳音のお腹に手を伸ばしてきた。佳音は顔を歪めたが、拒絶することが出来なかった。虐められていた頃と同じように、身を固くするのが精一杯の抵抗だった。


 「よく見たら、五人ぼっち勢揃いじゃん。あ、美葉様はいないね。玉の輿に乗って一抜けしたって本当なの?」

 「よく知ってるねぇ。えっと、あんた誰だっけ。」

 錬が、佳音の腹部に添えられた手をそっと払い、笑顔を向けた。加代は不快そうに顔をしかめた。


 「同級生じゃん。忘れたの?会社継ぐの怖くなって逃げてた栄田錬君。お父さんの会社、大変だよね。跡継ぎいなくなったからいずれ潰れるって噂されてるよ。今のうちに、別の業者と繋がっとこうって農家さん増えたらしいね。」

 「そうかい?俺、親父の会社の事はよくわかんないさ。」

 錬はのんびりとした口調で答えた。


 「あんた、今も当別に住んでるのかい?今何してんの?」

 錬の問いかけに、加代はフンと鼻を鳴らす。


 「ロイズのチョコレートの工場で働いてる。今は、太美に住んでるわ。」

 「へぇ。一流企業の社員さんじゃん。大したもんだね。」

 「まぁ、ね。」

 口調から、正社員では無いと佳音は察した。萎縮していた心がふっと晴れる。


 「売り子さん?今度ソフトクリーム食べに行くから、一段多く盛って。」

 錬が笑う。加代は更に顔を歪めた。


 「残念だけど、私、製造の方だから。」


 佳音は小さく口元を綻ばせた。中学時代散々虐めてきた女は、パートでチョコレート工場のベルトコンベアにあわせてチョコレートを作っている。自分は正看護師として働いている。


 勝った、と思った。

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