アキの正体-2

 孝造は、アキの素性は教えてくれなかった。


『どんな人間にもプライバシーはある。彼女が今いる場所にそのことを持ち込むようなことはしたくない。』


 苦々しい顔をしつつも、そう言ってアキを庇った。


 保志の声音に恐れを感じたのか、ママはビクリと肩を揺らした。


 「昔、一回来たことあるねん。」

 「……そうですか。リピーターさんだったのね。」

 ママは営業用の笑顔を見せた。その顔を、保志は切りつけるように睨む。


 「あんた、あの娘を客寄せパンダに使うたんやろ?さぞ儲かったやろうな。」


 ママは、唇の端を持ち上げた。


 「……ええ。そりゃあもう。」

 そう答えてから、ピアニッシモに火を付けた。首を保志から逸らし唇をすぼめて、細く煙を吐き出す。そして、首を逸らせたまま言った。


 「十八で、容赦なく養護施設から世間に放り出されたあの子は、このビルの清掃員として働いてたのよ。身体が小さくて、体力も無くて、いつも非常階段に座って肩で息をしていた。……見ていられなかったの。」


 人差し指と中指の間で、細い煙草が煙を揺らしている。


 「親に捨てられ悪い男に引っかかりひどい目にあった可愛そうな女。誰にでも身体を許すような女だからあんな目にあった、自業自得。……世間があの子を見る目は真っ二つに別れていた。だからね、教えてあげたの。相手が求める女を演じて今度はあんたが男達から金を巻き上げてやりなさいって。」

 「それで、ホステスやらせたんか?」

 「男の横に座ってお酒作ってたらいいんだから、掃除の仕事より楽よ。」

 ママは目だけを保志に向けて煙を吐いた。


 「でも、あの子にそんな器用な事は出来なかった。辛気くさい顔で客の話に頷くくらいしか出来ない子。身体目当てのアフターも断れない。軽々しくヤらせたら価値が下がるから止めなさいって注意したらね、何て言ったと思う?」

 保志は答える代わりに横顔を睨んだ。


 「断ったら殴られるでしょ。顔を腫らしてお店に出るわけには行きません。だって。」


 保志はグラスを握る自分の手の平から急激に体温が消えていくように感じた。


 「うかつだったわ。断る事が出来たなら、あんな目に合わなかったわね。それから同伴もアフターも店として断る事にした。……遅かったけどね。その時には、やっぱり男が好きなのだというレッテルが貼られてしまっててね。それを町中の人間が知っていた。」

 ママは、眉を潜めて煙草を灰皿に押し付けた。


 「……アキは、元気にしているの?」


 その顔には悔恨が滲んでいた。保志はグラスに口をつける。ダックジャニエルが喉を焼いていく。


 「元気やで。小学校二年の男の子がおる。今まで一人で育てて来たそうや。農家に住み込みで働いとって、トラクターまで乗りこなしよる。大したもんや。」


 「そう……。」

 ママの顔に、安堵と喜びが混じる。


 「……幸せになって欲しいのよ。あの子には……。」

 そう呟くと、小さく笑った。

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