喧嘩-3
「正人は、なんで美葉と別れたんだよ……。」
悠人は思わず、呟いてしまった。
正人はフイと顔を背け、視線を床に向ける。
「……また、ですか。もう良いじゃ無いですか。終わったことなのに、蒸し返さないでくださいよ。美葉さんは社長さんと結婚するんですよ。玉の輿に乗るんですよ。これ以上の幸せは無いでしょう。」
不機嫌な声で正人はそう言った。
あれ、と違和感を感じる。
正人が不機嫌な感情を表に出すのは、珍しい。そして、気付いた。
正人は怒ったことが無い。
健太によると、佳音が昔付き合っていた男に暴力を振るわれていると判明した時には、人が変わったように怒り狂い、恐怖を感じたほどだったらしい。しかしその一度きりだ。この落差も、感情豊かなくせに怒りだけが抜け落ちているのもとても不自然に思える。
いや、美葉と別れてからは、その豊かな感情さえなくしてしまったように見える。ロボットのようにアラームに行動を支配され、訪ねてきた者に柔和な笑顔だけを向ける。余りにも不自然だ。
正人の本当の気持ちを知りたい。そして人間らしい感情を、取り戻して欲しい。
悠人は立ち上がり、正人の向かい側から隣に座り直した。身体を正人に向ける。正人の発するどんな小さな変化も、見逃さないように。
「終わったことにしようとしてるんだろ?無理して。でも本当は正人の中で何にも終わってないんじゃないのかい?」
正人の肩が、ピクリと震えた。
「無理なんかしてませんよ。現実に美葉さんは結婚するんだし、関係は終わっているんだし。」
正人の声にとげが混ざる。少し高めのゆったりとした声音に、こんなとげが混ざることは今まで無かった。
このまま、正人の本音を引き出そう。悠人は腹を括り、拳をぎゅっと握った。
「美葉が結婚するのも、不自然だよ。美葉だって、正人の事が心底好きだったんだ。その気持ちをこんなに短期間に他の人に切り替えられるはずが無いよ。美葉も無理してるんだ。」
嫌がっているのは承知の上で更に言葉を続ける。正人はあからさまに不快そうな顔をした。
「きっと最初から僕の事なんて、そんなに好きじゃ無かったんですよ!」
言葉を投げ捨てるようにそう言う。悠人は机をバンと叩き声を荒げた。声とは裏腹に、心は冷静に正人を見詰めていた。
「好きだったよ!美葉の気持ちを冒涜するな!美葉は本気で正人の事が好きだったんだ!」
「何でそんなこと分かるんです!?」
正人が立ち上がり、机を拳で叩く。悠人も立ち上がり、正人に詰め寄りながら声を張り上げた。
「分かるさ!俺は美葉がちっちゃい時から知ってるのさ!妹みたいなもんだ!正人と付き合いだした美葉は本当に幸せそうで、見ていてこっちも嬉しかった!その美葉をなんで一方的に遠ざけたんだよ!」
「悠人さんに関係ないじゃ無いですか!」
アラームが鳴る。正人はポケットからスマートフォンを取り出して、イライラした手つきでボタンを押した。
「仕事を再開する時間になったので!」
立ち去ろうとする正人の腕を掴んで引き留める。
「まだ話は終わってないだろ!」
「やめてください!時間の管理が出来なくなります!一度崩れたら、自力では戻せないんですから!少しの乱れも無いようにスケジュール通りに行動しないといけないんです!」
正人は顔を赤くして、握りこぶしを振り回す。悠人はそれでも腕を離さなかった。
「スケジュール通りに動くのと、俺ら仲間と一緒に過ごすのとどっちが大事なんだよ!」
正人は、口を一文字に結んだ。悠人は更に言葉を続けた。
「そんなことしてたら、一緒に飯も食えないだろ!酒も飲めないだろ!のんびり空を見上げて馬鹿話も出来ないだろ!そんな人生楽しいのかよ!」
正人の眉が、吊り上がる。瞬く間に首から上が赤く染まった。
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