こっそり撮影しちゃうわよん

 黒いスキニーパンツにサーモンピンクのポロシャツ、肩から長袖のシャツを羽織り、袖を胸元で結んでいる。そんなディレクターを絵に描いたような服装で、加山はやって来た。今年30歳で一見爽やかなイケメン。黙っていればモテると思う。黙ってさえいれば。


 「いいのぉ?こーそり撮影しちゃってぇ。彼女、怒らないー?」


 きゅっと首を傾げる仕草は、可愛いと言えば可愛いかも知れない。


 「怒られたときは、謝るさ。俺は、彼女にとって良いことだと信じてるのさ。」

 「ふーん。じゃあ、怒られ役は健ちゃんに一任ねぇ?」

 「お、おお……。」


 人差し指で肘をツンとつつかれる。健太は一歩後退りしてから頷いて、アキの姿を探した。納屋の方で物音がするので、覗いてみる。しかし、そこにお目当てのアキではなく陽汰の姿があった。


 昔陽汰の祖母が使っていたそば打ちの麺棒を、直立不動で構えている。そこからさっと足を前後に開き、麺棒を水平に払う。どうやら、麺棒は刀の替わりのようだ。


 「あら、イケメン。」

 加山がささやき声の語尾に特大のハートマークを付ける。


 「あいつ、前の番組で壁際にいてずっとスマフォ弄ってた奴。ku-onってユニットで近々メジャーデビューする予定なのさ。」

 健太も陽汰に見つからないように小声で応じる。


 「へぇー、あの陰気な子?化けたわねぇ。で、何やってんの?」

 「あいつ、前髪を上げたら動体視力がめっちゃ上がったらしいわ。本人曰く、視覚情報が八割増しになったんだと。そしたら、いろんなものがゆっくりに見えて、身体もそれに併せてよく動くようになったらしい。ま、もともと運動神経良いからな。で、面白いから動画で格好良い武術見付けては真似してるんだって。」


 麺棒を返して脇に抱え、直立になり後方にさっと視線を送る。間髪入れずその場で飛び上がる。着地と同時に前後左右に半歩ずつ移動しながら頭上で麺棒をくるくる回し始めた。


 「ちょっと!格好良いじゃないのん。撮っちゃうぞぉ!」


 加山は手に持っていたハンディカメラで陽汰を撮影し始めた。あーあ、と健太は溜息をつく。


 前方に一突きし、後方に移動しながら水平に払い、鶴が羽を広げるように両手を開いて片足立ちになる。一瞬静止した後大きくジャンプをし、開脚して着地した。だがすぐに跳ねるように立ち上がり、麺棒を水平に払う。その直後また飛び上がり、空中で身体を縦回転させた。


 こいつは、何を目指しているやら。健太は呆れて肩をすくめた。


 畑の方でエンジン音が聞こえた。


 健太が、加山の肩をツンツンと突く。今良いところなのに邪魔済んじゃ無いわよと言いたげな視線に対して、健太は畑を指さした。そこには、トラクターに乗るアキの姿があった。

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