農業女子を紹介してよん
アキはすぐに重機類の使い方を覚えた。そのお陰で小麦の収穫は例年以上に早く進み、悠人はとても喜んでいた。
そんなある日、健太の元に珍しい人物から電話が掛かってきた。
「健ちゃーん、久しぶりーっ!」
ハイテンションの声に思わずスマートフォンを遠ざける。久しぶりなのは久しぶりだ、こいつに最後に会ったのは二年以上前だから。
「ど、ども。お久しぶりっす。」
「何よー!余所余所しくなぁいっ!?健ちゃんと私の仲じゃ無いのよん。」
どんな仲だよ。語尾にはーとまーく付けんじゃねーよと思いつつ耳から遠ざけた画面を睨む。
二年以上前に健太が誘致した視聴者参加型お見合い番組のディレクター、加山(男)からの電話だった。当時は誘致した番組で彼女を見付けるという夢と希望しか無かったので、ちょっと変わった男だなと思いつつも加山と意気投合し、実に楽しく打ち合わせをした。しかし、番組放送後祟りにあったように周囲に良くない出来事が起ったので、健太は二度とテレビには関わらないでおこうと誓っていた。
「健ちゃんに手伝って貰ったあの回ねぇ、すごーく視聴率良かったのよん。あんたの人選ばっちりよん。」
「それは、どうも。」
番組の主役になった正人にも悠人にも祟りは訪れた。その人選のことだろう。
「でねー、今日は折り入って相談があるのよん。」
媚びを売るような加山の声音に、う、と健太は言葉を詰まらせる。加山自身が何かしたわけでは無い。この人はちょっと灰汁は強いが悪い人では無い。だが、関わるとろくな事がないという警鐘が頭の中で鳴り響く。
「健ちゃん、『みらくるレディースコレクション』って番組見たことあるぅ?」
「あー、ないっすねぇ……。」
「何でよっ!何で見ないのよぉ!」
言葉を被せてこられても。番組名は聞いたことがある。営業職とか、パティシエとか、アパレル系とか、いろんなジャンルの職業毎に、奮闘する女性をピックアップして紹介する番組だ。どちらかというと女性をターゲットにした番組だと思うのだが。
「まあいいわー。この番組でさぁ、今度農業女子特集するのぉ。健ちゃんのまわりでさーあ、キラキラしてる農業女子いないぃ?勿論、可愛い子よぉ。」
キラキラしている農業女子。しかも可愛い。健太の視界いっぱいに、エクボの笑顔が浮ぶ。
「いるいる!ちっちゃいくせにトラクター乗り回す勇ましい子。健気なくらい仕事熱心なんだわ。商品開発したみたらし団子は今や大人気!それでもって、優しいシングルマザー。しかもめっちゃ美人!どうよ!」
テレビに映るキラキラした自分を見たら、アキも少しは自信を持つのでは無いだろうか。瞬時にそんな考えが健太の頭に浮んだ。
アキはいつも一生懸命で、その姿は誰が見ても頭が下がる。その姿を自分の目で確かめて欲しい。自分の姿を自分で見ることなど通常は出来ない。だが、テレビ画面の映像の中なら可能だ。しかも多くの人の目に触れるから反響もあるだろう。
自分に自信を持つことが出来たら、恋愛にも積極的になって自分の気持ちを受け入れてくれるのではないだろうか。そんな下心も、チラリと覗いた。
「良いじゃないのよん!その子、紹介してっ!」
加山の言葉の語尾に、特大のハートマークがくっついた。
電話を切ると、健太は有機農場へ駆けつけ、アキの姿を探した。アキは納屋で草払い機に給油をしているところだった。声を掛けると、切れ長の瞳をこちらに向け、笑顔を見せる。最近表情が明るくなり、エクボを見る回数も増えた。
「今度さ、テレビの取材が来るんだ。」
アキの表情が瞬時に曇る。その曇りを晴らそうと、健太は声に力を込めた。
「農業女子を特集する番組さ。アキのところにも、取材が来るぜ。トラクター格好良く乗り回しているところ、全国の視聴者に見て貰おうぜ!」
「やめて下さい!」
間髪入れずに、アキがそう言った。頑なで、強くて、冷たい声色だった。ハッとアキを見ると、その頬から血の気が引き、視線を地面に向けている。
「何でさ。恥ずかしがる必要ないぜ。いつも通りにしてたら良いんだ。いつも通りの姿で充分、皆の心を動かせるぜ?」
「テレビなんかに、出たくありません。絶対に、嫌です。」
アキには珍しくはっきりとした口調でそう言い、給油口の蓋を閉めた。草払い機を肩に掛け、逃げるように立ち去っていく。
健太は戸惑いながら、その背中を見つめた。
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