風に靡く歌声-2

 健太はこれまで数多くの恋をしてきた。ほぼ全員に、自分から猛烈にアプローチをし、その内の何人かとは付き合うことが出来た。その、落ちる寸前の女性達と同じ仕草を、アキは今、自分に対して、した。


 天にも昇る気持ちになる。


 ――『いや、待て。』

 有頂天になりそうな心に、健太の中の賢者が忠告をする。


 『まだ、その判断は速い。今告白すると下手をうつ可能性が高い。お前は今までこれで何度失敗してきた?』


 そ、そうだ。まだ、早い。


 健太はゴクリとつばを飲み込んだ。


 落ち着かせようと大きく深呼吸をする。突然深呼吸を始めた健太を、アキはきょとんと見上げた。


 「あ、あはははは……。」

 健太は、後頭部に手を当てて意味も無く笑う。


 「あ、えっと、そうだ。そうだそうだ。さっきの歌、教えてよ。」


 不自然になった空気を戻そうと逡巡し、咄嗟に思いついた言葉を言うと、アキはまた顔を赤くした。


 「そんな……。私歌、下手だし。」

 「そんなこと無いぜ、今の、良かった。」

 「そんな……。」

 俯いてしまった顔をのぞき込む。


 「じゃあ、歌詞だけ教えて。メロディーはわかってっから。」


 アキはチラリと健太を見てから頷いた。


 「夕闇晴れて、秋風吹き。」

 風に消えてしまいそうな小さな声でアキが言う。

 「夕闇晴れて、秋風吹き。」

 健太は、教えて貰った歌詞をメロディーに乗せる。


 「月影落ちて、鈴虫鳴く。」

 「月影落ちて、鈴虫鳴く。」

 アキと視線を合わせながら、歌う。


 「思えば遠き、故郷の空。」

 「思えば遠き、故郷の空。」

 健太が微笑むと、アキも僅かに口元を緩めた。


 「ああ、我が父母、いかにおわす。」

 「ああ、我が父母、いかにおわす。」

 健太が、更に笑みを返すと、アキは頬を赤らめた。


 ――夕闇晴れて 秋風吹き

   月影落ちて 鈴虫鳴く

   思えば遠き 故郷の空

   ああ 我が父母 いかにおわす


 健太が通して歌うと、アキも小さく歌声を重ねた。


 蛙の鳴き声に、一匹の鈴虫がコーラスを添える。


 「綺麗な歌だな。」

 アキはこくりと頷いた。


 「これからの季節にぴったりだな。晴れた夜に秋風が吹いて、月が出ていて、鈴虫が鳴いて……。遠い故郷を思う歌だ。俺はずっとここにいるから、よく分かんねぇけど。」

 「烏賊、よっぽど美味しかったんでしょうね……。」


 アキが呟いた。健太の思考が一瞬止まり、うっとりと月を眺めるアキの横顔をまじまじと見つめる。やがて喉の奥から笑いが込み上げ、押さえ込むとブーっという音を立てた。


 アキが驚いて健太を見上げる。一度吹き出した笑いは膨らみ、とうとう抑えきれなくなり大声で笑い出してしまった。


 「あ、アキ……。烏賊が匂わすじゃないぜ。いかに、おわす、だ。今どうしているかな、って意味だぜ。」


 アキの顔が見る見る赤く染まる。湯気が出そうな程上気した顔の前で、小さく手を振った。


 「や、やだ……。私、馬鹿だから……。」

 「いや、いいじゃん。」

 笑いを納めて、健太はアキに目配せをした。


 「故郷で烏賊を焼いて食べる様子を想像したんだろ?それはそれで、情緒があっていいんじゃね?」

 「いえ……。ものを知らなくて恥ずかしい……。」


 健太はわざと大きな声を立てて笑った。


 「アキは、自分の事すぐ悪く言うけど、俺は感心してんだぜ。草払い機も教えたらすぐに上手になった。野菜の手入れも手際が良いって波子さん褒めてたぞ。お前さ、自分が思うよりずっと物覚え早いぜ?それに、料理も上手だ。『ばあちゃんのみたらし団子』も好評だったろ?」


 アキは答えず、手元を見つめている。どんなに褒めても俯いてしまうのがもどかしくて仕方がなかった。


 どうやったら、アキは自分の事を認めるようになるのだろう。

 そう思いながら、健太はアキを見つめた。


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