第十六章 幸せの在処
私が開発者です
ある土曜日の朝、健太はアキと猛を連れてアンテナショップに来ていた。いつもは販売ブースのスタッフにみたらし団子を納品して帰ってくるのだが、今日は平台を用意して貰い、対面販売をさせて貰うことになっていた。平台の横には波子が手書きで作った「お婆ちゃんのみたらし団子」の幟が翻っている。
猛の頭には豆絞りの鉢巻きを結んでやった。猛は真剣な顔で「いらっしゃいませ!」と声を張り上げている。その隣で、エプロン姿のアキが緊張の余りマネキンのようになって立っていた。
アンテナショップに来る客の目当ては朝採れ野菜の即売だが、野菜を買った後でぐるりと特産品コーナーも回っていく。特産品コーナーにはみたらし団子だけではなく町内の和菓子屋から運ばれてきた大福餅やどら焼き、農家が片手間で作るジャムやジュースなどの加工品、畜産農家から運ばれてきた豚肉やソーセージ、有機有精卵などが並ぶ。
「あらー、可愛い売り子さん。」
初老の女性二人組が猛を見付けて近付いて来た。猛の頬がポッと赤くなり、恥ずかしさに一瞬口を結ぶ。
「いらっしゃいませ!」
だが次の瞬間には、殊更大きな声を張り上げた。
「いい子ねぇ。」
眼鏡を掛けた女性が猛の頭を撫でる。突然のことに猛は驚いた顔で身体を硬直させた。もう一人の女性が団子の包みを五つほど手に取った。
「このお団子大好きなの。ご近所さんに配ると喜ばれるのよ。」
「そうそう、優しい味でね。私も息子のところへ持っていくわ。」
猛の頭から手を離し、二つ手に取る。
「あ、ありがとうございます。」
アキが真っ赤に頬を染めて紙袋に団子を詰めた。
「毎度ありがとうございます。彼女が団子の開発者です。」
ねじり鉢巻きに前掛けできめた健太が得意げに言うと、二人は驚いた顔をした。
「まぁ、私てっきり職人さんが作ってるんだと思ってたわ。」
「いえ、作っているのはお料理が上手な方で……。お醤油を仕込んだおばあさまがその……。」
アキは顔を床に向け、エプロンの前でもじもじと指を絡ませている。
「皆で作っているのね。だから優しい味になるんだわ。ありがとうね、こんなに美味しい物つくってくれて。」
眼鏡の老女がアキの肘にそっと触れて何度も頷いた。
アキは二人の背中を感無量といった表情で見送る。
健太はこっそりと頷いた。
今日アキを連れてきたのは、こうやって自分の仕事を直接感謝される体験をして欲しいからだった。普段からアキは自分に自信が持てず、何をどう褒めても認めようとしない。自己否定の連続では、生きていくのも辛いだろうし、猛の教育にも良くない気がした。
何より、アキには心から笑っていて欲しかった。自分の内側から沸き起こる幸せに気付いて欲しかった。
「ああ、あったあった。このお団子!この前売り切れてて変えなかったんだから!」
今度は中年の夫婦が満面の笑みを浮かべて団子を手に取った。
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