電話の向こう側-2

 「……だったら、どうして泣いてるの?」


電話の向こうで、美葉がはっと息を飲んだ。


 隠していたって、分かる。美葉は最初から、泣いていた。


 「美葉。」


 もしも美葉が自分の心を騙しているのなら、踏みとどまって欲しい。美葉は進んだ道を戻ることは絶対にしない。いつか偽っている心に気付いても、自分を殺して相手に尽くそうとしてしまう。そんな気がした。


 「美葉はどうして、社長さんと結婚するって決めたの?」


 はは、と美葉は小さく笑ってから、息を吐いた。


 「……叶わないなぁ。佳音には。」

 涙声を隠さず、美葉が呟く。


 「……寂しい人だからさ、涼真さんは。支えてあげたいって、思ったの。」

 「好きなの?その人のこと、心から。」

 「いやぁ……。」

 困ったように呟いて、息を吐く。


 「きっとその内、好きになると思う。大事な人だとは、思ってる。」

 なによそれ、と叱りたくなる気持ちをぐっと堪える。


 「好きになるまで、待ちなよ。結婚はちゃんと好きになってから、しなよ。」

 「そうはいかないの。社長さんだからね。立場があるし、跡取りのこととか、色々とね。ずるずる恋人でいるわけには、行かないのよ。」


 佳音は思わず目を閉じて、冷静になるために息を整えた。


 「結婚は、仕事じゃないんだよ。義務感に駆られて結婚するなんておかしいでしょ。社長さんのことを考えすぎて、自分の心を見失っていると思う。美葉は本当に幸せだと思う?その結婚が自分にとって。」


 「……佳音。」


 美葉の声が、頼りなく揺れる。今すぐ駆け寄って、抱きしめたいと切実に思う。二人の間にある物理的な距離がもどかしい。


 「ちゃんと、考えて。私、美葉が幸せにならなきゃ、嫌よ。美葉には自分の心を偽らないで欲しい。」


 電話の向こうで美葉が小さく息を吐いた。多分、頷いたのだと思う。


 数分、美葉の息遣いだけが聞こえた。美葉は涙を堪えながら、気持ちを整理しているのだろう。佳音は美葉の言葉を、美葉の呼吸を聞きながら待った。


 「ありがとう、佳音。」

 数分後、美葉はまた明るい声でそう言った。


 佳音は唇を噛んだ。


 頑固者。そう罵って頬をはたいてやりたい。頑固で、やさしくて、真っ直ぐで。そんな美葉が一度固めた決意を、そう簡単に覆さないことも、佳音はよく知っていた。


 「心配しないで。私、ちゃんと幸せになるから。」

 美葉はそう言って笑った。

 

 

 

 

 

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