電話の向こう側-1

 「佳音、元気にしてる?お腹の子は順調?」

 夕方美葉から電話が掛かってきた。久しぶりに聞いた美葉の声は弾んでいた。


 「元気だよ。赤ちゃんも元気。もう仰向けで寝られないくらいお腹も大きくなったよ。」

 前に突き出たお腹をさすりながら答える。本当は、美葉にも撫でて貰いたい。


 「そっかー。今度写真送ってよ。佳音の貴重な妊婦姿、目に焼き付けておかなくちゃ。」

 「そうだね。そう言えば、写真撮ってないや。記念に撮っとかないとね。」


 耳に、美葉の笑い声が響く。明るくて、はじけるような笑い声。


 いつもと変わらない笑い声なのに、胸がざわざわと動いて落ち着かなくなる。何故だろう。佳音は自分の胸に手を当てた。


 「あのね、結婚式の日にち、決まったんだー。」


 弾んだ声が、そう告げる。ざわつく胸が、ドキリと跳ねた。


 結婚、するんだ。本当に。京都の社長さんと。

 祝福するべきなのに、寂しさが込み上げてくる。繕うように明るい声で答えた。


 「そうなんだ。おめでとう!いつなの?」

 「11月23日。」

 「そっか。寒い時期だね。」

 「こっちは紅葉が綺麗な時期だから、写真映えしていいんじゃないって言われてる。」


 そうか、と思う。当別ならもう雪景色かも知れないけれど、京都だったら、紅葉が真っ赤に染まって一番綺麗な時期なのだろう。今美葉のいる場所が一層遠く感じ、スマートフォンをぐっと耳に押し当てる。


 「赤ちゃん、二ヶ月目に入る頃だね。お母さんに頼んどかなくちゃ。」

 まだ夜泣きする時期で大変だろうけど、美葉の花嫁姿は、絶対に見なければと思う。相手が正人では無いと思うと複雑な心境になってしまうが、これからの門出を心から祝福したい。


 電話の向こうで、美葉がふっと息を吐いた。

 「ごめん。佳音達は呼べないんだ。」

 「……え?」


 美葉の言葉が飲み込めない。美葉の結婚式に、招待されないと言うこと?友達は呼ばないと言うこと?身内だけの式なのだろうか。でも、相手は社長さんなのだから、そんな地味な結婚式はしないはず。


 「私が呼ぶのは、お父さんと仙台のおじいちゃんとおばあちゃんだけなの。涼真さんも、友達は呼ばない。会社関係の人を沢山呼ばないといけないから。」

 「……じゃあ、二次会とかは?」

 「計画してないの。」


 申し訳なさそうな声が、電話から聞こえてくる。がっくりと肩から力が抜けて、電話が重たく感じる。


 「折角の結婚式なのに、友達に祝って貰えないなんて……。」

 思わず呟く。


 美葉の結婚式のイメージは、澄み渡る青空の下。真っ白なウエディングドレスを着た美葉はとても綺麗で、お日様の光も跳ね返すくらいキラキラしているはず。そんな美葉にありったけの祝福を込めて、ライスシャワーを降らせたかった。


 会社関係の人ばかりの結婚式など、花嫁の値踏みをするために用意されたものではないか?

 そんなの、美葉には似合わない。


 「ごめん。写真、送るからさ。」

 サバサバとした声で美葉が言う。


 その声の語尾が、微かに揺らいだ。

 ざわりと、胸が動く。指先が冷たくなっていく。


 「……美葉は、幸せなの?その結婚をして、美葉は幸せになれるの?」

 祈るような気持ちで、言葉を投げる。美葉が一瞬息を飲んだのが分かった。


 「当ったり前じゃん。超玉の輿だよ?」

 明るい声でそう言って笑う。


 玉の輿なんて、全く望んでいない癖に。


 嘘つき。


 佳音は泣きそうになるのをぐっと堪えた。

 「……だったら、どうして泣いてるの?」

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