お母様とランチを-2

 「涼真は、人工授精で出来た子です。」

 突如告げられた言葉に、美葉はハッと息を飲んだ。


 「当時は、まだ珍しい手段でした。誰とどないしても子供が出来なくて。このままでは跡継ぎが途絶える。背に腹は代えられへん。切羽詰まった選択でした。」


 淡々とそう言いながら、真っ白なホタテ貝を口に入れる。


 「妊娠に至るまでの十年間、針の莚でした。人工授精で授からなければ、離婚して別の女に妻の座を譲ることになったでしょう。結果は変わらなかったと思いますが。数々のお妾さんに子供が出来へんかったんですから、夫に原因があったのは明白です。でも、責められるのは女の方。」


 瑞恵は視線を上げた。言葉とは裏腹に、何の感情も含まない視線を、美葉はどう受け止めて良いのか分からない。


 「ブライダルチェックは、自分を守る手段です。もし、妊娠に関して問題があるのであれば、涼真と結婚するのはおやめなさい。それは、会社の存続のためでもあるし、あなたが人生を棒に振らないための自衛策でもあります。」


 美葉は、言葉を返せなかった。物理的に目の前の女性をどう呼んで良いのかまだ定まっていないからでもあるし、答えるべき言葉を見付けられないからでもある。


 瑞恵は、ふっと息を吐いて視線を逸らした。


 その時始めて、瑞恵の表情に感情が浮んだ。


 「あの子は、可愛そう。」


 それは、悲しみだった。クリームソースを纏ったホタテ貝のように白く淡く儚い悲しみ。


 「何とか産まれた跡取り息子を、失敗無く社長に育てなければならなかった。甘えた人間にならないために母親から距離を置いて育ち、幼い時分から行儀作法を叩き込まれ、幼稚園から一貫して上流社会の子供しか通わないような学校に通い、友達を作るときの基準は利害関係を念頭に選ぶようにと教えられてきました。あの子は反抗ひとつせず、求められるまま育っていきました。」


 時折感じる涼真の寂しさは、根深いものだと思っていたが、実の母から聞く彼の育ちは本当に悲しいものだった。美葉は涼真の湿った吐息を思い出す。洋酒の香りのする吐息は、涼真の悲鳴のようだと思った。


 「もしもあなたに何の問題も無ければ、ようさん子供を産んで欲しいと思います。あなたは誰が何と言おうと子供に自然な愛を注ぐでしょう。涼真のように、窮屈な箱に押し込めるようにして育てんですめばいい。そう、思います。」


 瑞恵もまた、寂しかっただろうと思った。自分の子供を、本当は溺愛したかったのでは無いだろうか。


 「もしも。」

 美葉は自分でも意識しないまま口を開いた。


 「もしも、子供が産まれたら、孫を甘やかして下さいね。」


 瑞恵はゆっくりと美葉に視線を向けた。その口元が、僅かに綻び、美葉もつられたように微笑み返した。

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