お母様とランチを-1

 一時間程度の打ち合わせ中、美葉は殆ど口を開かなかった。どうせなら全て決めてくれたら良いのにとさえ思いながら、淡々と担当者と瑞江の間でプランが決まって行くのを眺めていた。涼真の妻になると言うことの重みが、ボディブローのように効いてきた。


 「お時間を頂きまして、ありがとうございました。」

 瑞恵に頭を下げて礼を言い、エレベーターに向かう。早く家に帰って寝たい。それしか考えられないほど疲れを感じていた。


 下階に降りるボタンを押そうとしたら、顔の横から手が伸びて上向きの三角を押した。白藍色の絽の袖から、白い指が伸びている。


 「美葉さん、この後お時間ありますの?よろしかったら、ランチでもいかが?」


 右後ろから、ひんやりとした声が聞こえる。この申し出を断れる人がいたら会ってみたいと思いながら、美葉は是非と答えた。咳が出そうな程声が乾いている。


 瑞恵は元々ランチに美葉を誘うつもりだったようで、最上階のフレンチレストランに入るとすぐに席を案内された。大きな窓から京都の街が一望できる。


 前菜のフォアグラは漆黒の皿に乗り、白味噌のソースが添えられている。ランチからフォアグラって。しかも前菜で?と思いながら口に入れる。濃厚な風味に少し甘いソースが絡まり、ねっとり舌の上でとける。緊張で舌は八割ほど麻痺しているが、美味しい以外形容出来ない味だ。


 「あの……。」


 無言のまま進む食事では胃が締め付けられてこれ以上入らない。美葉は意を決して口を開いた。リフォームをするに当たって数多くの顧客と面談を行なってきた。だから、それなりに話題作りは出来ると自負している。それなのに、何を話して良いのか全く思い浮かばない。ナイフとフォークを止め、瑞恵が視線を向けたので尚更だ。


 「えっと……。涼真さんは、どのようなお子様だったのですか?」

 母親なら、子供の話題を振られたら嬉しいだろう。自慢話の一つもすれば、笑顔を見せてくれるのでは無いか。そう思って出した言葉が、地雷だったことにすぐ気付いた。瑞恵はすっと視線を逸らした。


 「ご存じの通り行儀作法は茶道家の方にしつけて頂きましたから申し分ありません。成績も優秀。人当たりも良く人間関係を構築する技術も問題ありませんでした。」


 母親が子供のことを話す言葉とは到底思えない答えが返ってくる。これは強者だと冷や汗が出る。


 クリームソースを纏った殻付きのホタテ貝が運ばれてくる。

 教師が生徒を評価するような言葉を最後に無言の状態が続く。ホタテ貝は既にゴムと化した。


 「……ブライダルチェックの予約は、しましたか?」


 視線を上げずに、瑞恵が言う。内容が何であれ、話しかけて貰えたことに安堵する。


 「えっと、まだ、です。」

 「早くなさい。」

 「はい……。」


 そうだ、ブライダルチェックで難点が付いたら、結婚自体無くなる可能性があるのだった。瑞恵からすれば、段取り違いも甚だしいのかも知れない。まずは嫁候補の検品が先なのだ。


 胃が、更に締め付けられる。


 唐突に、瑞恵が口を開いた。

 「涼真は、人工授精で出来た子です。」

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