結婚式のプラン

 いや、この展開は無いだろう。


 美葉は右側に強烈な圧を感じ、ちょっとした刺激で胃液をぶちまけてしまいそうなほど緊張していた。


 昨夜は久しぶりに仕事が立て込んでいて、自分のマンションで遅くまで仕事をしていた。お陰で寝坊してしまい、慌ててホテルに駆けつける羽目になった。いつものTシャツに袖を通したところで、流石に高級ホテルにその格好は無いと気付いた。スラックスにブラウスにして良かった。まだ、辛うじて。


 髪を振り乱した状態で通されたきらびやかな部屋には、あろうことかお母様が座っておられ、美葉を上から下に、下から上に侮蔑の視線を往復させて肩をすくめた。


 「お、お母様、何故ここに……。」

 思わず呟くと、

 「あなたにお義母様と呼ばれるのはまだ早いと思いますけれど。」

 と冷たい声で返された。


 そして今、品の良さそうなスーツ姿の女性を前に並んで座っている。担当者の女性はベテランの域の中年女性だ。酸いも甘いも乗り越えてきたはずの彼女も、お姑様になろうという和服の女性と格式に不釣り合いな嫁の組み合わせに顔を引きつらせている。


 「まずお式ですが、当ホテルでは、キリスト教式、神前式、人前式の三つのプランがございます。やはり今はキリスト教式のチャペルでのお式が人気となっておりまして……。」

 「神前式がよろしいです。」


 きっぱりとした口調で、瑞恵が言葉を遮った。おお、と美葉は内心驚きの声を上げる。自分には選ぶ権利すらもはや無いらしい。


 創業160年の木寿屋あげての式だから、神前式がふさわしいのだろう。神前式って何を着るんだっけ?あの日本髪のカツラ?似合うかなぁ……。思わずくうを見つめる。


 「衣装は白無垢でお願いします。ヘアスタイルは、本人に選ばせて下さい。」

 「承知いたしました。白無垢は、和装の中でも最も格式が高うございますものね。新郎様は、黒羽二重、五つ紋となりますね。」

 「ええ、勿論。それでお願いいたします。」


 成る程、と美葉は納得した。木寿屋の執り行う結婚式として、格式に見合うプランを立てるために瑞恵はやって来たらしい。


 「ご招待なさるお客様の人数は、お決まりでしょうか?」

 「このホテルの式場で最大何人収容できますの?」

 「160名です。」

 「では、その最大人数に併せて招待客を絞り込みます。」


 あのリストには、200人以上の名が連なっていた。恐らく、重要人物順に既に並べられている。収用人数から溢れた人数は、リストの下から順に足切りされるのか。披露宴の客は殆どが会社に纏わる人々で、美葉が呼べるのは父と母方の祖父母くらいだろうか。帯広のおばさんも、認知症の祖父母も多分呼べない。勿論、佳音達も。きっと、呼んだところで場違いで窮屈な思いをするだけだろう。


 友達に祝って貰えない結婚式になるんだな。

 そう思うと、寂しくなる。


 収容人数が決まると、披露宴会場は自ずと決まった。満開の桜をイメージした、きらびやかな会場だ。その会場が空いている、最短の縁起の良い日が結婚式の日取りとなった。4か月後の11月23日。


 その日付を示されたとき、美葉は心臓を抉られたように感じた。


正人と付き合い始めた日だった。

お互いに気持ちを伝え合い、直後に正人が寝落ちした、二度と忘れないだろうと思っていた日。


その日が、結婚記念日として上書きされていく。


料理は和食、その中で最も格式の高い物を。お色直しは二回でその内一回は色打ち掛け。引き出物もリストアップされ、瑞恵が赤のボールペンで丸を付けたものから美葉が選ぶことになった。

 

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