結婚式のリスト

 涼真はイライラした様子で、帰ってきてすぐダイニングテーブルにA4サイズの茶封筒を投げた。封筒は結構な厚みがあった。


 何の書類だろう。


 「結婚式に呼ぶべきメンツ。」

 問いかける前に涼真が言った。


 「結婚式場にふさわしい式場のパンフレット付き。」


 ネクタイを緩めながら、顔はきつく歪めている。美葉はスーツの上着をハンガーに掛けながら首を傾げる。


 「担当者にはもうアポが取ってあって、大筋の話は行ってるらしい。」

 「はぁ……。」

 「美葉、ビール持ってきて。」


 疲れた様子でソファーに崩れるように座る。美葉は冷蔵庫からビールを取り出して、プルトップを開けてからテーブルの上に置く。帰ってすぐにビールを所望するのも、あまりないことだ。


 「何か、おつまみ作るね。」


 キッチンに向かおうとしたら、腕を掴まれた。涼真は、奇妙な物を見るような瞳を上目遣いによこした。そのまま腕を引っ張るので、仕方なく横に座る。問いかけるように首を傾げると、涼真は肩をすくめて息を吐いた。


 「美葉は、魔法でも使えんの?」

 「……え?使えるわけ無いじゃん。」

 「そうやんな。」

 あまり意味を成さないやり取りの後、もう一度溜息をつく。


 「……あの人、美葉のこと気に入ったらしいわ。」

 「あの人って、お母様?」


 頷く代わりに長い息を吐き、額を押さえる。


 「わざわざ社長室にやってきて、この封筒を置いて行かはった。……会社の名前に泥を塗るような事の無いように、その一言だけ言うて。」

 「はぁ……。見てもいい?」

 「どーぞ。」


 やけくそ気味にそう言ってからビールを喉に流し込む。


 エクセルの表に、人名と企業名がびっしりと並んでいる。それが招待客リストで、結婚の報告をするべき人物と企業名のリストもあった。結婚式場は京都を代表する高級ホテルだ。普段なら敷地に足を踏み入れることすらはばかられる。


 「結婚式って言うより、政治家のパーティーかなんかみたいだよね。」

 「そやろ!」

 涼真は勢いよく身体を起こした。


 「いくら何でも、ここまで仰々しくせんでええやろ。」


 苦い物を噛んだように顔を歪める。美葉はリストの企業名を眺めた。そこには、仕事や接待で見知った名前が連なっている。


 「お披露目なんだね、会社としての。社長も奥さん貰って一人前になりますよ。奥さんはこんな人、宜しくねって。挨拶が一編に済んで、却って楽なのかもね。」


 この企業を一軒一軒回るなんて考えただけで滅入る。披露宴なら立食パーティーみたいに自分たちが動き回る必要も無い。すました顔で座っていたら良いのだ。うん、これは楽だ。


 「美葉は、なんでも前向きに捉えるなぁ。」

 「涼真さんは嫌なの?」

 上目遣いに問いかけると、涼真は苦笑した。


 「あんまり、人の注目集めるのは苦手。人が多いのも苦手。出来れば海外かどっかで、二人だけの式を挙げたい。」

 「でも、それって、現実には無理だもんね。」

 涼真は承知していると言わんばかりに両方の瞼を閉じた。思いがけない弱点があるのだな、と美葉は笑いを堪えた。


 招待客のリストと、結婚式場のリスト、それ以外にカラーの広告が入っている。美葉はそれを手に取ってみた。


 「人間ドック+ブライダルチェック(遺伝子検査付き)」と書かれた、ピンク色の美しい広告だった。


 何を調べるんだろう。美葉は純粋に興味を抱き、じっくりと視線を落とした。だが、広告はすぐに美葉の手を離れた。涼真が取り上げたのだ。


 「こんなん、必要ない。性懲りも無く品の無いチラシを紛れ込ませて。」

 ムッと口を歪ませている。


 美葉は苦笑するしか無かった。


 涼真は、母親の一挙一動が気に入らないのだろう。美葉からすれば、顧客のリストも会場のリストも相談所のアポイントもありがたいの一言に尽きる。ブライダルチェックもそうだ。結婚前に自分の健康状態を知るのは、良いことだと思うしできれば受けたい。


 だが、嫌がる涼真を説得してまでという気持ちにはなれなかった。


 「アポはいつ?涼真さんの予定は空いてるの?」

 美葉が問いかけると、涼真の顔が一気に赤くなる。目をつり上げて、首を横に振る。


 「人の予定も聞かんと、アポとるってどういう事やろうね……。」

 

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