幸せは心の中にある-2

 「健太さん。」


 アキが涙を拭いて健太の顔を振り仰いだ。


 「なんだい?」


 汗を拭く振りをして潤んだ目の周りを拭いてから、健太はアキに、ちょっとすました笑みを返した。アキはまっすぐな視線を健太に向けた。


 「こんな綺麗なもの、見せて下さってありがとうございます。」


 へへ、と健太は鼻の下を指でこすった。こそばゆい気持ちが胸にあふれ、いつものように軽口をたたけない。


 「あの……。」


 アキは一瞬口ごもった。しかし、それは一瞬の事ですぐに瞳に力を込めた。


 「私でも、こういう機械の運転、出来るでしょうか。」


 「トラクターとか、コンバインとか?」

 予想外の言葉に少し狼狽えながら健太が問い返す。


 「……変なこと、言いましたか。」


 「いや、そんなことは無いぜ。」

 シュンと俯いたアキに、健太は慌てて頭を振った。


 「波子さんも乗り回すし、節子ばあちゃんも八十過ぎても乗ってたし。敷地内なら免許はいらねぇしな。いいよ、明日から乗り方教えてやる。……でも、何でだい?」


 健太が問いかけると、アキは恥ずかしそうな上目遣いを健太に向けた。 腕に力が入ったようで、猛が不思議そうな視線を上に向ける。


 「出来ることを、増やしたいんです。今まで、自分に出来ることなんてそんなに無いと思っていました。でも、草払い機も使えるようになったし、野菜の手入れも大分覚えました。


農業って楽しいなって思います。この先、出面さんをやっていくのもありかなって、最近考えるようになってきて。


こちらで働かせて貰う間に、出来るだけのことを覚えたいです。皆さんの役に立ちたいし、これからの自分のためにもなるしって思って。」


頬を赤く染め、時々つかえながら言う。


 こんなに力強く話すアキを見たことはないと健太は思った。そして、アキはここを離れてからの生活についても前向きに考えている事を知る。出会った頃の頼りないアキとはまるで別人だと思う。


 強さを身につけつつあるアキのことを頼もしく思うが、同時に寂しさも抱いてしまう。アキは最初の約束通り、稲刈りが終わったらここを去るつもりでいる。しかし、健太はアキと離れるつもりはなかった。


アキは寂しさを欠片も感じていないのだろうか。


 「トラクターの乗り方、教えてやるよ。他に覚えたいことがあれば、いくらでも教えてやる。でもさ、アキ。お前ずっとここにいたらいいべさ。正人の事なんてもう、関係ねぇベ?」


 アキは大きく首を横に振る。


 「そんなわけには行きません。私は疫病神ですから。正人も、美葉さんも、佳音さんも、私の顔を見ていい気分にはならないでしょ?」


 「関係ねぇベさ。アキが生きたいように生きたらいいんだ。生きたい場所で。俺は、アキと猛に一緒にいて欲しいと思ってるぜ?」


 するりと出てしまった自分の言葉に、健太は赤面した。アキもまた、顔を赤らめて俯いた。猛がビー玉のような瞳で、母と健太の顔を見比べている。


 健太は鼻の頭をこすった。


 「……ま、そういう選択肢もあるって、前向きに考えて。俺らは、アキがいてくれたら助かるんだ。猛と桃香も仲良くなってきたしさ。」


 アキは俯いたまま、否定も肯定もしない。不安になり振り返ると、アキは眉に縦向きの皺を作り、何かを考え込んでいた。


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