お母様-3

 「彼女のお父様は、地域のために利害抜きで貢献なさっています。お母様方のご実家は大手商社の重役を務めた方で、お母様はお若くして亡くなられていますが大変商才のあった方のようです。彼女自身も成績優秀でしたし、現在の働きぶりを見ても高い知能指数を持っていることは明白です。時期社長となる子供も、良い人材となるはずです。」

 「では、ブライダルチェックをなさい。」

 瑞恵は白い磁器のカップを口に近付けながら言った。


 「ブライダルチェック?」

 涼真は不愉快そうに眉を寄せる。瑞恵は涼しい視線を涼真に向けた。


 「ええ。結婚の意思が固いのは分かりましたし、私に反対する権限が無いと言われてしまえばそれまでのこと。でも、あなたもいい年ですから、失敗するわけにも行きませんでしょう?この方に求めるものは、良い子供をできるだけ多く産んでいただくことだけです。……お母様が若くして亡くなられているのであれば、何らかの遺伝するような病気を持っている可能性があります。それに、妊娠・出産に関する状態も調べておく必要があるでしょう。もし残念な結果が出たら、別の方になさい。」


 膝の上に置かれた涼真の拳に力が込められる。怒りに顔を赤くする涼真を美葉は初めて見たと思った。


 この人に似た人を知っている。


 美葉はふと思った。


 健太の母、文子だ。美葉はいつも険しい顔でモクモクと働く文子が苦手だった。


 『文ちゃんはね、すごいのよ。厳しいお姑さんの躾に耐えて、当別一広い農地のお嫁さんって勤めをしっかりと果たしているの。伸也さんが毎晩心置きなく酔い潰れてられるのも、できたお嫁さんのお陰よ。』


 母は文子の唯一仲の良い友人で、文子を心から尊敬していた。


 今思うと、血統意識が高さもよそ者に対する警戒心の強さも、後天的に植え付けられたものなのかも知れない。人一倍強い責任感が、頑な人物像を作り上げたのだろうか。


 目の前にいる女性も、創業100年を超す老舗の会社を守る為に、社長夫人という人格を必死に作り上げたのかも知れない。


 「お母様は、九条家を必死に守っていらっしゃったのですね。」


 心に浮んだ言葉が、思わず口をついて出てしまった。瑞恵はまるで外国の言葉で声を掛けられたような顔で首を横に傾けた。


 「江戸時代から続く会社を守り、次の世代に繋いでいくことが、どれほど大変な事なのか私にはまだ想像し尽くせません。ですが、想像を絶するほど大変なご苦労があった事は間違いが無いと思います。その事を考えると、私も怖じ気付く気持ちがあります。」


 涼真を見上げる。涼真は口をぽかんと開けて美葉を見つめていた。


 「ですが、涼真さんのお手伝いをしながら、木寿屋を盛り立てて次の世代に繋げていく仕事を、私もお母様から引き継がなければならないと腹を括りました。……私は田舎者で、小さな商店の、元気だけが取り柄な子供として育ちました。住む世界が違うことは承知しています。ですから、知らないことが沢山あります。お母様に、私を導いて下さるお気持ちがあれば、とても心強いです。」


 美葉は、瑞恵に深く頭を下げた。

 「ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いいたします。」


 「美葉……。」

 涼真の手が、美葉の肩に置かれた。美葉は頭を上げ、涼真に微笑みを向ける。


 瑞恵は困惑の表情を浮かべて黙っていた。母を早く亡くした美葉は、新しい母が出来るとどこかで期待していた。しかし、目の前の義母となる人と仲の良い親子になるのは、難しいと悟った。しかし、人として誠実に相対したいと思った。だから、「はいそうですか」と淡々と繰り返すような態度を取ることは出来なかったのだ。


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