お母様-2
瑞江は上から下に、値踏みするような視線を向ける。美葉はその視線にチクチクと痛みを感じながら、笑みを崩さないことに意識を集中した。
「ええ。谷口美葉さん。この方と結婚します。」
不愉快そうに涼真が眉をひそめた。瑞恵は涼真をチラリと見て、また美葉に視線を戻した。
「決定事項のように仰るのね。私はまだ了承していませんよ。」
「今は僕が家長ですから、あなたに了承を得る必要は無いでしょう。」
さらりと言う言葉に感情は乗っていない。二人の会話で部屋がキンと冷えたように感じた。
「谷口さん、と仰いました?あなた御出身はどちらですの?」
「えっと、北海道です。当別町という、札幌のベッドタウンです。」
札幌のベッドタウンと当別町民が言うと、札幌市民からはドン引きされる。隣接する町ではあるが、あまりにも田舎な上冬の環境がとんでもなくシビアなため敢えて当別に住もうという札幌市民は少ない。つまり、美葉はちょっと見栄を張った。
「どこの学校を卒業なさっているの?」
「京都芸術大学です。」
「そして今は我が社の社員さん?事務の方?何年お勤めなのかしら。」
「ええ、木寿屋にお世話になっております。スペースデザイン事業部でデザイナーをさせていただいています。今年で入社七年目となります。」
「……七年?では、三十代なのかしら。お若く見えるわね。」
「いえ、高卒で入社させていただきましたので、今二四歳です。大学は、お仕事をさせていただきながら通信制の学部を卒業しました。」
「……通信制。」
向けられていた視線に、侮蔑が混じる。美葉の脇に冷や汗が滲んだ。
「彼女は、我が社の優秀なデザイナーです。彼女が手がける空間は斬新で施工主の気持ちにより添った温かいものだと、評判がええのです。」
「ご実家は何をされているのかしら。」
瑞恵は涼真の言葉をまるで無視し、美葉に質問を続けた。もっとも答えにくい質問が来たと首を竦める。どう説明するべきかと逡巡していると、涼真が助け船を出した。
「店舗を経営しています。地域にとって必要なものをセレクトしたショップです。」
おお、ものは言い様だ。美葉は感心して涼真に視線を向けた。涼真は小さく目配せを返した。
「年商はいかほど?」
「年商…………。」
美葉は言葉に詰まった。年商とは、年に売り上げる総額のことだ。一日の売り上げ、いくらだろう。朝食用に売れるパンと飲み物、ついでに日用品を購入する人は少なくなった。近くのスーパーで買う方が安いからだ。米やビールの箱など重い物を配達することはある。だが毎日では無い。そう考えると平均して一日五千円?高くても一万円?
「四百万円くらい、ですかね。」
それも、高ーく見積もってだ。和夫の冴えない顔が浮ぶ。ここから、色々なものをさっ引いたらいくら残るんだろう。
「はぁ?」
瑞恵は信じられないといった様子で片眉を上げる。
「……他に、家賃収入などがあるのでしょうね。」
「まさか。そんないいもの、ありません。」
驚いて両手を振る。涼真が、額に指をついた。この一連の発言には、もっと装飾を加えて良かったようだ。美葉は思わず身体を小さく縮めた。
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