第十五章 社長との結婚する覚悟
お母様-1
涼真との結婚というミッションをクリアするために、ラスボスと対峙する日がやってきた。
美葉は、涼真の母との「面談」のため、涼真が敢えて「本家」と呼ぶ実家にやって来た。涼真の実家は高台にある、石堀に囲まれた豪邸だった。数寄屋造りの表門を抜けると手入れの行き届いた日本庭園があり、その奥に二階建ての住宅がある。涼真が生まれる前に建てられた家だから、築年数は四十年近い。行き届いた手入れによって風格が引き立ち、要塞のように近寄りがたい。
磨かれた廊下の突き当たりに、人の背丈ほどのアレンジメントが飾られていた。薄紫のダリアが主役で、カンパニュラやデルフィニウムなどの小花がダリアの華やかさを引き立てる。トルコキキョウボヤージュグリーン、ドラセナ、アレカヤシの緑が清涼感を添え、ドウダンツツジの枝が立体感を出していた。それらは一抱えもある青百磁色の花卉に活けられていた。
うわ、いくらするんだ?これ。
藍色のワンピースに身を包み、清楚な女を演じながら、美葉は心の中で呟いた。途端にクスクスと涼真が笑う。
「大して客なんか来んのに、見栄張って。あんまり緊張せんでええよ、美葉。」
声を殺して囁く涼真を見上げる。その笑顔に鬱屈した感情が交ざっている。
「何言われても、『そうですか』言うて聞き流しとき。」
この数日、何度も言った言葉をまた繰り返す。
涼真が母親の話をする事は殆ど無い。そして希に登場するときは「あの人」と呼ぶ。涼真の父であり、先代の木寿屋の社長は長く癌を患い、一昨年亡くなった。今はこの豪邸に涼真の母が一人で住んでいるらしい。
花卉を通り越して突き当たりを左に曲がる。その先に艶やかな木製のドアがある。涼真はそこをコツコツとノックした。
「お入りなさい。」
ツンとした声が応じる。
応接室は角部屋らしく、大きな窓が直角に配置されている。一つは出窓で、白いレースのカーテンが下がっている。壁際にはキュリオボードが置かれ、ガラスの食器や置物が並んでいる。白地に紺の花模様が入ったペルシャ絨毯の中央に大理石のテーブルがあり、それを囲うように金華山織りのソファーが配置されている。猫足のソファーに涼真の母、瑞恵が座っていた。
さらりと、白地の着物を着こなしている。それは、美葉という来客のために着飾っているわけではなく普段の装いであるようだ。
茶道家の駒子ならともかくとして、夏の京都で普段着が着物って……。正気の沙汰とは思えない。
よそ行きの笑顔を引きつらせながら、美葉は内心呟いていた。
「どうぞ、お座りなさい。」
瑞恵は身じろぎひとつせずに声を掛ける。久しぶりに息子に会うというのに、表情にも言葉にも、喜びらしい感情は浮ばない。涼真と瑞恵はよく似ていた。涼真の精悍な眉の代わりに、神経質そうな細い眉が綺麗に整えられていた。
ドアがノックされ、家政婦らしい女性が紅茶を運んで来た。彼女が去るまで、お互いに何も言葉を発せずに対峙する。親子であるのに、大事な取引相手同士のような緊張感が二人の間を結んでいる。
家政婦が去った後、瑞恵が口を開いた。
「この方が、例の?」
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