お仏壇ですか-3

 保志の肩が、ピクリと揺れた。


 「仏壇?」

 驚いたような正人の声が聞こえる。


 「仏壇は……。作ったことはありませんけれど、作ることは可能です。ただ、魂入れのようなことはできませんが。」


 珈琲を吹き出しそうになる。それは、当たり前だろう。魂入れは坊主の仕事だ。仁の失笑も聞こえた。

 「それは、いいんです。元々お坊さんを呼んで魂を入れて貰おうとも思っていません。ただ、彼女の居場所となる場所があればいいと思っただけです。」

 「そうですね。お仏壇は、亡くなった方の拠所となります。……奥様のお仏壇ですか?」


 「いえ……。」

 仁は言葉を濁した。


 「フルオーダーメイドは、色々な事をお聞きになるのですね。ただ仏壇を作ってくれでは、いけないのですか。」

 「僕は注文を受ける側なので、どうしても言いたくないと仰る事までお伺いしませんし、これを作れと仰るならその通りに制作します。でも、樹々は人を幸せにする家具をお届けするのがモットーです。そのためには、家具をお求めになる真意を伺わなければと思います。」

 「真意ですか……。」

 仁は溜息をついた。


 また沈黙が流れる。保志は珈琲を啜り、次の言葉を待つ。早々に立ち去るつもりだったが、『仏壇』というキーワードを耳にし、居座ることを決めた。


 今の正人に、「死」を連想する言葉は危険な気がしたのだ。同時に、それは只の杞憂に過ぎないだろうと嘲笑う自分がいる。どうしたのだと馬鹿にする自分もいる。


『身代わりのような男』


涼真が正人をそう表現した。


そんなつもりは無い。正人は正人だ。誰の身代わりでもないし、不自然な形で肩入れをしているわけでも無い。髭親父から育成を託されているから、面倒を見てやっているだけだ。


 「引き出しのようなものを付けて欲しいんです。」

 突然に仁は言った。


 「引き出しですか。何をお入れする予定なのですか?」

 横目で見ていると、仁が頷いたのが分かった。その目からは戸惑いは消え、正人に真意を伝える決意をしたように見える。


 「手紙です。」


 「手紙、ですか。」


 今時、手紙?保志は二人のやり取りを気付かれないように見つめ続ける。仁は大きく頷いた。


 「35年間やり取りをした手紙です。ただ、それほど頻繁にやり取りをしていたわけではありません。お互いの手紙を合わせるとそれでも、両手で抱えることが出来ないほどにはなりました。その手紙を仏壇に納めたいのです。他には、遺影も位牌もありません。」

 

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