お仏壇ですか-2

 「いらっしゃいませ。」

 入り口に現われた白髪の男に、正人は笑顔で声を掛けた。


 男は、軽く頭を下げ、キョロキョロと辺りを見回す。60代だろうか。白髪頭と顔に刻まれた皺の割に、身体は筋肉質で姿勢が良く、日に焼けていた。Tシャツにデニム。それも高い物ではない。「金持ち」という部類では無いことは、身なりで判別できる。ということは、カフェと間違えて立ち寄った客だろうか。


 男は戸惑うように入り口で立ち止まっている。


 正人は男に向かって行き、気さくに声を掛ける。

 「ここは、手作り家具工房のショールームです。でも、珈琲はご用意しています。丁度今淹れ立てなのですが、いかがですか?」

 男は曖昧に首を動かした。そして、躊躇いがちな視線を正人に向ける。


 「この工房のオーナーさんですか?」


 その口ぶりから、最初から家具屋だと分かっての来客だと察した。正人は笑顔で頷くと、テーブルの上の名刺箱から一枚取り出し、男に差し出した。


 「手作り家具工房樹々のオーナー、木全正人です。」

 流石に手慣れて上手く渡せるようになった名刺を、男は戸惑いながら両手で受け取る。


 「私は、名刺を持つような仕事をしておりませんで……。東川町で登山客用の山小屋を営んでおります、小笠原仁おがさわらじんと申します。」

 「山小屋ですか。僕は登山はしたことがありませんが、自然に囲まれて、素敵なお仕事でしょうね。」


 正人は二人分の珈琲を盆にのせ、一つを保志の前に置く。仁は戸惑いながら、保志の斜め前に座った。正人はそこに木製のマグカップを置く。


 「このマグカップは、手作りですか?」


 仁は両手でマグカップを包むように持ち、空に翳した。くっきりとした目鼻立ちで、綺麗な目をしている。若い頃はいい男と呼ばれる部類だっただろう。だが山小屋の主とは。なんとなく、世間の荒波から逃れようとした末に今がある人間のような気がした。


 「ええ、そうです。樹々の小物商品として販売もしています。木製のマグカップは水滴が付きませんし、温度もよく保ってくれます。それにね、……耳をカップに当ててみて下さい。」


 正人に言われ、仁は戸惑いながら耳にカップを寄せた。


 「ぷちぷちと音がしませんか?」

 「……ああ、本当だ。」

 仁は感心したように答え、少し目を細めて微笑んだ。


 「いい音だ……。」


 「木に閉じ込められている気泡が外に出る音なんです。マグカップになっても、木は生きているんです。」

 「木は、生きている……。」


 仁は正人の言葉を繰り返し、目を閉じた。マグカップの音を聞き取るのに集中しているようだ。


 保志が呆れてしまうほど長時間、仁はマグカップが発する微かな音を聞いていた。


 しばらくしてやっとマグカップをテーブルに置いた。視線が、チラリと自分の方を向いた。

 「ああ、俺はこいつのダチや。ただの珈琲飲みに来ただけやから。ゆっくりしていってや。」

 保志はそう言って立ち上がり、カウンターテーブルへ移動した。客が来たので、珈琲を飲んだらさっさと帰るつもりだった。


 その会話を聞くまでは。


 「こちらの工房では、どのような家具を取り扱っているのですか?」

 仁が問いかける。探るような声だ。それに、正人の軽快な声が応じる。

 「何でも、お作りしますよ。お客様のご要望にお応えして、フルオーダーメイドで制作します。」


 「何でも?」

 「ええ、何でも。」


 力強い正人の返答が聞こえ、その後しばし沈黙が流れる。仁が迷いつつ出す言葉を、ただただ待っているようだ。正人は人を急かすことが無い。


 「……仏壇を、作ったことはありますか?」

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