離婚なんて普通普通

 猛の体重でしっかりと絞りきった醤油を鍋に掛け、火入れをする。桃花は焦げ付かないように攪拌する役目を言い渡された。不服そうな顔をしたものの、今は真剣な表情で木べらを動かしている。その隣で猛も興味深そうに鍋を見つめていた。


 「さて、米粉を作ろう。」


 かけ声と共に波子はテーブルの上の電動製粉機の蓋を開け、そこに小米を入れた。円柱のような土台の上に、ステンレスの容器が乗っている。容器の底には円盤状の歯が入っていて、スイッチを入れるとその歯が回り、中の穀物を粉砕して粉にするのだ。波子が黒いスイッチを押すと、ブーンと威勢の良い音を立てる。


 「こんなの、あるんだ。」

 アキが感心したように呟くと、波子は胸を張った。

 「ばあちゃんが何でも作る人でね、米粉も作ったしきなこも作ったし。それを石臼やらすり鉢でやるもんだから、大変でね。見かねて元旦那が買ってきたんだよ。あの人は電化製品を買うのが好きでねぇ。」


 「え、波子さん、離婚されているんですか?」


 波子の言葉を聞き、アキが顔を上げて波子を見た。驚きで目をくりくりと見開いている。波子はあっけらかんとした笑みを返した。


 「そう。去年離婚したけど、十年以上別居してたかね。若い女に手を出してねぇ。馬鹿な男だ。」


 「波子さんのような方でも、離婚するんだ……。」

 アキは茫然と呟いた。

 「離婚するのは、私みたいに馬鹿な女だけだと思ってた……。」


 「そんな訳ねぇべさ。離婚なんて、二分に一組してるって言うぜ?」

 「え?そんなに?」

 衝撃を受けたようにアキは後退る。思わず健太は笑った。


 「最初から最後まで上手くいきゃあいいけどさ、合わない相手と無理して一緒にいる必要もねぇべさ。離婚なんて普通普通。」

 「そ、普通普通。」


 波子はスイッチを止めた。透明な蓋を開けると、米は見事に粉になっていた。


 「うわ、早っ!すり鉢だったら何時間もかかるのに。」

 アキが中をのぞき込んで驚きの声を上げる。アキが使っていたのは100鈞の小さなすり鉢だから、そりゃあ時間がかかっただろう。真面目な顔で小さなすり鉢相手に格闘するアキを思い浮かべて健太の唇が持ち上がる。


 「ねー。文明の利器は使わないと損だよね。」

 「本当だ……。」

 アキはぽかんとしながらできたての米粉をボウルに移す。健太はたまらず笑い声を上げる。


 「さっきから、アキはびっくりしてばっかだな。」

 「え!?」

 アキは健太の顔を見上げる。その顔が見る見る赤くなった。


 「だ、だって私、馬鹿だから。もの知らないから。何でも新鮮で……。」

 「嫌、貶してるんじゃ無いぜ。反応が可愛いなと思ってさ。」

 「やだ……。」


 アキは両手で頬を押さえる。頬がますます赤くなった。


***


 米粉にぬるま湯を入れて混ぜ、団子を作り竹串に刺す。この工程は、猛も桃花も楽しそうに手伝っていた。蒸している間に、波子とアキが味見をしなが醤油だれを作る。健太と悠人は七輪に炭をおこした。蒸し上がった団子を炙るためだ。


 半日掛け、自家製醤油のみたらし団子が出来上がった。


 黄金色の醤油だれを纏ったみたらし団子を口に入れ、皆が無言で目を見開き、お互いの顔を見合わせる。


 団子自体に米本来のほのかな甘みがあった。醤油だれの豊かな香りと優しい甘みが纏わり付いてそれを更に引き立てる。炙ったことにより香ばしくなった米のうまみが噛むほどに広がっていく。


 「……これは、売れるな!」

 悠人が目を輝かせる。健太はまだ団子が口にいっぱい入っていたので、無言で大きく頷いた。


 「アキのレシピに皆の力が加わって、凄くいい物が出来たね。」

 波子がアキの肩に手を置いた。アキは感無量な表情で目を潤ませた。


 「……私でも、役に立てることがあって良かった……。」


 アキの言葉に健太は口の中の団子を急いで飲み込んだ。


 「アキだから、出来たんだよ。いろんな工夫しながら生きてきたから生まれたレシピだ。アキの経験が生きたんだよ。」


 「私の経験……。」


 アキは息を飲むようにそう呟く。

 「私の経験に、人の役に立つなんて事が……。」


 大袈裟なほど驚いているアキの背に、波子がそっと手を置いた。


 「さあ、これを商品化するとして、誰が作るかってのが問題だなー。この時期は雑草との戦いに手を抜けない。波子さんもアキも有機農業の大事な戦力だからな。」


 悠人が大きな溜息をついた。波子はこの台詞を予測していたようで、悪戯っぽく目配せをする。


 「大丈夫。もうすぐ力強い戦力がうちに来るからね。」

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