小さな米-2

 「オーガニックの米粉だぜ、美味いに決まってるさ。もしかしたら、新風の隣のアンテナショップで売れるかも!」

 悠人は人差し指を立ててにっこりと笑った。


 「う、売り物になんて……。」

 アキは慌てて手を横に振る。頼りない表情のアキに健太は笑いかけた。


 「売り物になるかどうかはさておいて、一回作ってみてよ。俺も、食ってみたいな、アキが作った米粉の団子。」


 その言葉を聞き、アキは頬を赤く染めて俯いた。


 「やっぱさ、人が集まるって良いよな。新しい視点が加わって、新しいアイデアが生まれる。倉庫を占拠していた小米に、希望の光がさしたさ。」


 悠人が清々しい笑顔で天井を仰ぐ。開け放した窓から、優しい風が入ってきた。その風に、アキも目を細める。おかっぱの髪がさらりと揺れた。


 「そろそろこいつの出番だな!」


 健太は身体を屈め、椅子の下からギターのケースを取り出した。ストラップを肩に掛け、ピックでポロンと音を流す。でた、と悠人が指をさして笑う。


 「アキは、音楽はどんなの聴くんだい?好きなアーティストは?」


 何気なく問いかけたが、アキの顔がすっと曇った。


 「音楽は……。あまり聞かないです。」

 「そ、そっか。」


 無神経なことを聞いたかも知れないと自分の言葉を後悔した。女一人で子供を育ててきたアキに、音楽を楽しむ余裕は無かったのかもしれなかった。自分が当たり前にあると信じているものを、アキが持っているとは限らないのだ。


 「子供の頃、好きなアイドルとかいなかった?」


 悠人の問いかけにも、アキは恥じらうように曖昧な表情で首を傾げる。


 両親が離婚し、父親の記憶は曖昧で、育てていたはずの母親と中学の年で生き別れる。そこにいたる子供時代も、当たり前のものではなかったのだろう。頼りなく首を傾げるアキを見つめながら、健太は逡巡する。


 どんな曲であればアキに馴染みがあるだろうか。そう思いをはせながら闇雲に指を動かす。


 ふと健太は思いつき、一つのメロディーを紡ぎ始めた。


 「うわ、懐かしいなぁ。」

 悠人が頬を緩ませる。


 健太はメロディーに合わせて歌った。


 

 夏が来れば 思い出す

 遙かな尾瀬 遠い空


 

 アキの瞳が、はっと揺れた。健太はアキに頷いた。良かった。唱歌なら知っているかなと思ったが、予想通りだった。



 雲の中に 浮び来る

 優しい影 野の小路



 悠人も健太に会わせて歌い出した。



 水芭蕉の花が 咲いている

 夢見て咲いている 水のほとり

 石楠花色に たそがれる

 遙かな尾瀬 遠い空



 アキの口元が綻でいく。小さなエクボが、頬に産まれた。


 「懐かしいなぁ、これ、学校で習ったっけ?」


 悠人がニコニコと笑いながらアキに問いかけた。アキは、恥ずかしそうに首を横に振った。


 「……覚えてません。小学校なんて、給食食べに行ってた様なものだから……。」

 「ああ、俺も俺も。当別の給食さ、結構美味いんだよなー。」


 明るく悠人が受け答えしているが、健太は笑うことが出来なかった。もしかしたらアキは、給食以外食事を取る術を持っていなかったかも知れない。そんなことをふと思ったからだ。

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