蛍-1

 波子と保志は、蛍の住む小川に猛と桃花を連れて行った。


 バーベキュー小屋では、若い三人が打ち解けて酒を飲み、小川では二人の子供が身体を寄せ合うようにして話をしている。大人の足首がつかるくらいの小さな川は、草むらに隠れるように流れている。闇の中にぽうっと現われる黄緑色の光に、二人の身体は照らされていた。


 「二人で、何話してるんやろうなぁ。」


 波子と保志は少し離れたところから二人を見守っている。


 「……昼間、猛は正人はお父さんじゃ無いって、アキから言われたんだよ。」


 しんみりとした波子の答えに、保志は驚いて隣を見た。丸い頬に掛かるくせ髪を耳に掛けてから、波子は言葉を続けた。


 「アキが正人の事を『お父さん』だって言ったわけじゃないんだよ。だけど、猛は猛で、『お父さん』って存在を探してたんだね。自分の父親が家具屋さんだって事は、知ってたみたいだ。アキは、正人が出た例の番組を毎日見ていたんだって。猛に、『大切な人』だって言ったらしいよ。結婚は『大切な人』とするってどっかから聞いていて、この人が『お父さん』なのかなーって期待していたみたいだ。」

 「そうか。違うと言われて、そらぁショックやったやろうな。」


 猛は蛍を見ずに、足元の水面に顔を向けている。


 「猛が正人の子供じゃないって事は、なんとなく気付いてたけどね……。」

 波子の声に悔恨が滲む。


 「そうなんか?俺は全く気付かんかった。」

 保志の言葉に波子は少しだけ唇の端をあげた。


 「アキと正人は顔の特徴が似ているから、猛が正人の子供だって言われても違和感がないんだね。でも、正人の特長は猛には全くないんだよ。でも、眉毛辺りはアキとは違う。正人とも全く違う。子供の顔はやっぱり両方の親の特徴がどこかに混ざるんだよ。」


 保志は感心して猛の顔を思い浮かべた。確かに猛のしっかりとした太い眉はアキのものでも正人のものでもない。


 「流石やな。伊達に三人子供育ててないな。」

 「おまけに孫も三人いるしね。もうすぐ、四人目が生まれるよ。」


 ふふ、と波子は笑った。そして、小さく息を吐く。


 「分かっていたけど、触れない方がいいのかなーって思って、黙ってたんだよ。少し何とかしてやれば良かったかも知れないね。」


 後悔の言葉を吐いてから、子供達に視線を向ける。


 「桃花に、その話を聞いて貰っているんなら良いね。少し心が楽になるかな。」


 桃花は、俯く猛に顔を向けていた。一匹の蛍が眼前を横切っていく。ふらふらと彷徨う光は点滅しながら闇に紛れていった。


 「猛が、ここらの子になってくれたらいいなぁ。」


 波子がしんみりと息を吐いた。乾いた風が草原を揺らしている。蛙が、耳障りなほど大きな声で合唱している。

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