蛍-2

 「佳音達みたいに、桃花と支え合える仲間になってくれたら、いいなぁ。」

 「……そうやなぁ。生きていくんに、そういう仲間、いるわなぁ……。」

 保志も、しみじみと息を吐いた。


 光の中で猛は頷いてから、桃花の方を向いて何かを話している。今度は桃花が水面に顔を向けて、何かを話し始めた。


 「だけど、そしたら正人は皆からはぐれてしまうのかなぁ。すっかり工房から出てこなくなってしまったね。」


 眉を寄せる波子の顔を見て、保志は思わず小さく笑った。


 「波ちゃんは正人のおかんみたいやな。」

 「何よ、自分だっておとんみたいなくせに。」


 ムッとした顔を向けてくる。視線が合い、お互いにばつが悪くなって笑う。どうしても、正人には過保護になってしまうようだ。


 「あいつは、多分失敗したこと無かったんやろうな。」

 「失敗?」


 波子は首を傾けてから視線を空に向けた。暫くして、納得したように小さく頷いた。


 「そうかもしれないね。頭の良い子だから、失敗しそうだと思ったらそこから身を隠してたんだろうね。誰も助けてくれないし、傷付いても手当して貰えないからね。」


 「失敗せぇへんかったら、自分の身の丈がわからへん。だから、工房を構えるなんて大それた事が出来たんや。怖いもん知らずって奴やな。……幸運にも才女が側について手取り足取り進む道を示してくれて、奇跡的に大きな失敗なしに工房の経営が安定してしもうて。」


 「手を離された途端、がつんと頭をぶつけたんだね。初めての失敗で、己の身の丈やこれまでどれだけ危うい道を進んでいて、どれだけ美葉に助けて貰っていたのか、目の当たりにしてしまったんだね。」


 波子は大きな溜息をつく。


 「今度は、二度と失敗しないようにって、それだけに目を向けるようになってしまったね。困ったもんだ。」


 猛と桃花は、お互いに視線を合わせて話を始めた。猛が一生懸命桃花に何かを話している。桃花がそれに頷いていた。


 「……ばあちゃんが生きてたら、正人と美葉になんて言うんだろうね。」


 ぼそりと呟いた波子の言葉に視線を戻すと、いつになく頼りない顔をしていた。その横顔は保志の心をチクリと刺した。言葉の裏にある想いに、思い当たることがあった。


 「ばっちゃんの真似せんでええねん。」


 節子は皆の守護神のような存在で、迷える人が周りに集まりその言葉を求めた。節子がその役目を果たせなくなると、波子は代わりを担おうとし始めた。それは恐らく無意識的なもので、森山家の女達に受け継がれたさがのようなものなのだろう。人の思いを受け止めて人生指南をするなど、坊主に任せておいたら良いのだ。だが、節子の役目を引き継ごうと、波子も佳音も背伸びをしている。故に自分に厳しくなる。


 「波ちゃんは波ちゃんでええやろ。節子ばあちゃんになる必要はない。生きたいように、生きたらええ。」


 波子は笑うように息を吐き視線を子供達に向けた。


 「それは、お互い様だよ。」


 波子の呟きにドキリとする。胸の内を探られぬように言葉を返さず、淡く点滅する光を見つめる。

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