バーベキュー-1

 野々村家には、広いバーベキュー小屋がある。


 バーベキュー小屋とは、名前の通りバーベキューをする用途にだけ建てられた小屋だ。広い土地を持つの郊外の家にとって珍しい物ではない。屋根だけの簡易的なものを作る人もいれば、断熱材を入れた本格的なコテージを建てる人もいる。野々村家のは古い納屋を改築したものだ。ここで、夏の間は頻繁に仲の良い人間を集めてバーベキューをする。


 夏のバーベキューで「輪」の形が見えると悠人は考えている。


 火を囲み、食材を焼いて食べ、酒を酌み交わす。そこに集まる人の顔ぶれが年々代わり、「輪」が小さくなっていくのが不甲斐ないと感じていた。「輪」は自身の求心力を表しているのだから。


 高校を卒業してすぐ農業を始めた。当初は「若き農業家のリーダー」と称されていたが、有機農業に傾倒するにつれ、「変わり者」という評価に変わり仲間達は離れていった。


 昔は父がホストをしていて、その時代は父の仲間とその家族が加わっていた。小屋からはみ出すほど人が集まり、一晩中笑い声が響いていた。大人達の楽しそうな姿を見て、自分も早く大人になりたいと思ったものだ。


 悠人が有機農場を始めると、父親はホストの座を悠人に譲った。その途端、輪を構成する人数は極端に減った。


 悠人がホストになってから、一番大きな輪ができたのは、陽汰らが高校を卒業した翌年の夏だった。


 あの年は、まだ節子も健在だった。森山家からは佳音と波子と節子と紫苑が参加していた。自分の彼女として千紗と桃香も輪に加わっていた。健太と錬は当然いたし、正人と帰郷していた美葉も加わっていた。農家の仲間も数人いたし、都会に出て行った同級生達も顔を見せていた。


 翌年、錬が行方不明となり、輪が欠けた。それから毎年一人また一人と加わる人が減っていく。故郷から足が遠のいた者、農業の考え方が会わず袖を分かった者。自分を慕ってくれていると思っていた仲間は皆、離れていってしまった。


 今年は、本当に寂しい。


 節子がいなくなり、錬と佳音は札幌にいる。千紗はこういった集まりに顔を出すことは無くなった。陽汰も紫苑も面倒がって来なくなった。正人は工房に籠もり、美葉は京都に行ってしまった。


 今年は、悠人と健太、波子、アキと猛、桃香、保志でバーベキューコンロを囲む。保志が三人分賑やかなのが救いかも知れない。


 昼間、ちょっとした事件があり空気は若干重たかった。その中でただ一人、猛だけが目を輝かせて火起こしの様子を見守っている。


 「猛、火をおこしたことあるか?」


 健太は火起こしが上手い。炭をやぐらに積み上げて、その隙間に着火剤をくべながら猛に問いかけた。猛は首を横に振る。


 「ぼくバーベキューはじめてです!」

 「ええ!?マジで!?」

 猛は驚く健太に頷いた。


 「昇平君とか正隆君とかか

バーベキューにいったはなしはきいたことあるけど、みるのははじめて。」


 「まじかぁ……。」


 健太は猛をまじまじと見る。猛の素直で礼儀正しい態度の裏側に見え隠れする、以前の生活の貧しさや寂しさに胸を痛めることがあった。アキは恐らく最低賃金で働いていた。できるだけ時間を詰めて働き、それでも生活保護を貰うよりも少ない生活費で猛を最優先にして暮らしていたと思われる。猛は友達に馬鹿にされることもあったようだ。だが同じようなものを与えてくれない母を責めることはしない。


 「猛、これでここに火を付けてみな。」

 健太は、チャッカマンを猛に渡し、火を付けるべき場所を指さした。言われたようにチャッカマンを操作すると、火が付く。すぐに手を離し、猛は恐る恐る母親を見た。


 「いいよ。猛。やらせて貰いなさい。」


 猛は母の言葉に大きく頷いた。火遊びをしてはいけないと母に言われ、それを忠実に守っていたのだろう。


 猛はもう一度チャッカマンに火をともし、健太に言われたとおり着火剤に火を付けた。途端に炎が生まれ、櫓の作る上昇気流が火炎の渦を作り出す。猛は驚いて後退りする。


 「いい感じだな。」


 健太が猛の肩を掴んで頷いた。炎に照らされた猛の頬に、誇らしげな微笑が浮ぶ。


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