土仏-3
これ以上深く追求すると、アキを傷つけることになるだろう。しかし、聞かないわけにはいかなかった。これからも一緒の時間を過ごすのだから、曖昧にはしておけない。
健太は、食卓テーブルの椅子を引いて、アキに座るよう勧めた。アキは抗うこと無く従った。まるで今から取り調べを受ける犯人のようだ。
重たい心で、斜め向かいに座る。
組んだ手に顔を埋め、息を吐き、心臓の動きを沈めようとした。しかし、それに大した効果は無かった。湿度を帯びた重苦しい塊が、胃の辺りをぐるぐると回っている。
先に言葉を発したのは、アキの方だった。
「ごめんなさい。嘘をつきました。猛は、正人の子供ではありません。」
抑揚の無い声が、胸に刺さる。
「……正人との子供は、流産した、って事?」
アキは、こくりと頷いた。からくり人形のように。
「階段から落ちてしまって。」
「そう、なんだ……。」
溜息交じりにそう答えるのが精一杯だった。
「猛は、浮気相手の人との子供です。正人の先輩に当たる人で、二人で逃げるように江別にやって来ました。……でも、根っからの家具職人だったから、慣れない土地でトラックに乗る生活に荒れていって……。気の毒だから、別に好きな人が出来たと嘘をついて別れました。きっと、今頃旭川に戻って家具職人として働いていると思います。正人のお爺さんの会社には、戻れなかったでしょうけど……。」
「相手の男は、アキが妊娠したのは知ってたのかい?」
アキは、小さく首を横に振った。
「別れてから、妊娠したことに気付きました。……一度一人じゃなくなると、一人で生きていくのが寂しくて、子供を産んだら、一人じゃなくなるなんて甘い考えで、産みました……。それが、このザマです……。」
「このザマなんて、言うなよ……。」
呻くような声しか出せず、健太は頭を抱え込んだ。必要なことは話し終えたとばかりにアキは口をつぐんでしまった。オーブンのモーター音が、やけに大きく響く。
重い沈黙の中で、アキと出会った日のやり取りを思い出していた。
最初に気付いたのは美葉だった。美葉がアキの椅子を持ってきて、持ち主はアキなのか、子供は正人の子供なのかと聞いた。アキは、何かを答えようとした。それを、正人が止めたのだ。
「最初に、美葉から猛は正人との子供かと聞かれて、本当は否定しようとしたんじゃ無いのかい?」
アキは少しだけ顔を上げて、小さく頷いた。その唇が、歪んだように開いた。
「何故か、正人が猛のことをまるで自分の子供のように振る舞うから、それに乗っかってしまいました。……期待、したんです。もしかしたら、正人が私のことを助けてくれるかも知れないって。でも……。」
アキは苦しそうに眉を寄せた。
「正人に恋人がいるって知って、幸せを邪魔したくなくて。それくらいなら、本当に消えて無くなってしまった方がましだって……。もう、誰も助けてくれないから、猛も……。」
アキは自分の両手に、顔を埋めた。
「もっと早くに、本当のことを健太さんに打ち明けるべきでした。でも、健太さんも波子さんも悠人さんも、皆優しくて……。皆さんに見捨てられるのが怖くて、言い出せませんでした……。」
アキが、毎日毎日懸命に小さな身体を動かして、慣れない農作業をする姿を思い浮かべる。出会ったばかりの人間がくれる優しさにすがり、見捨てられないように懸命に生きていたのだろう。
自分は悠人も波子も生まれたときから知っているから、全幅の信頼を寄せている。だがアキからすれば初めて会う人たちばかりだ。いきなり信頼することも出来なくて心細い思いをしただろう。その中で、今立つ地面を失うかも知れない告白など、出来るはずが無い。
健太は、ぐっと拳を握った。息を吐いてから、その手を広げて頭に当てる。
「俺もあるわー!一編吐いた嘘とか誤魔化し、取り消せなくなったこと!」
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