土仏-2
「え……。」
猛は小さな瞳を見開いて母を見た。
「だって、たいいくかんのお父さんはお母さんのたいせつな人でしょ?」
アキは困ったように首を傾けた。
波子が、からからと大きな笑い声を立てた。
「大切な人と全部結婚してたら、お父さんもお母さんも一杯いて大変だよ。大切な人の中でもね、一番大切な人とだけ、結婚するんだよ。体育館にいる正人さんって人の一番大切な人は、お母さんじゃ無いんだよ。」
波子を見上げた猛の瞳が、悲しそうに揺れている。健太はその瞳を見て胸が痛んだ。思わず小さな頭に手を乗せ、癖のない柔らかい髪をくしゃくしゃと撫でた。
「お母さんにもいつか一番大切な人が出来て、猛のお父さんになる人ができるよ、きっと。」
俺がお前の父さんになってやる。喉元から出そうな言葉をそう変換した。猛は俯いただけで頷きはしなかった。
波子のシミの目立つ手が、猛の小さな手を取った。
「猛、おばちゃんとジャガイモ掘りに行こう。アルミホイルに包んで炭の中に入れたらほくほくして美味くなるんだよ!……健太、予熱が終わったらその土仏さん、三十分焼いてあげてね。」
猛は波子に手を引かれ、台所を出て行く。ごしっと袖で顔を拭いたのが見えた。
健太は、もう一つの人形を段ボールから取り出した。
正人が作ったのであろう、精巧な形の土仏だった。やさしい表情で手を合わせてこちらを見上げている。
「スズって、土仏だったんだ。」
「……はい。」
小さな声が、背中に聞こえる。
「作ったのは、正人?」
「はい。」
健太は、ぎゅっと目を閉じた。
土仏は粘土で作る小さな仏様のことで、一般的な願いを込めて作ることもあるが、水子供養として子供を亡くした人が作ることも、多いのだ。
二人の別れも、浮気相手との別れも、その時期にアキが妊婦で無かったとすると違和感は無くなる。
ピーピーと電子音が鳴り、オレンジ色の光が消えた。健太は鉄板に二体の土仏を乗せ、オーブンに入れた。三十分に時間設定をし、スイッチを入れる。
オーブンに、オレンジ色の光が灯る。
「女の子だったの?」
その光を見つめながら、健太は問いかけた。
「はい。」
微かな声が聞こえる。
「……何ヶ月まで、生きたんだい?」
「7ヶ月。」
アキの声は、いつか聞いたときのように無機質だった。居たたまれなくなりアキを振り返ると、やはり真っ青な顔で震えていた。
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