交錯する心

 ああ、やっぱりそうなったんだな。


 猛を助手席に乗せ、ホームセンターに向かいながら思う。


 彼女が木寿屋の社長と実家にやって来た。と言うことは、二人は近い将来結婚するのだろうか。


 こういう日が来ることは分かっていたし、望んでいたはずなのに動揺を隠せない。彼女と共に過ごした日々が胸に蘇り心をかき乱していく。


 ――夢を見たのだと思おう。


 自分に言い聞かせる。


 あんなに美しく、知性に富んだ素晴しい女性が恋人であったなど。幸せすぎる夢だ。


 彼女は、本来歩くべきだった人生を歩いて行くだろう。美しくて才能溢れる人だから、きっと素晴しい男性と出会うはずで、その男性を今日連れて来たのだ。


 彼女の花嫁姿は、さぞ美しいだろう。


 流石に、その姿を見ることは叶わないだろうが、新婚の幸せに満ちた笑顔をこっそり見ることは出来るだろう。


 その内子供を連れてくるのだろうな。男の子だろうか、女の子だろうか。二人の子供だから、綺麗な顔をしていることだろう。頭も良くて、利発で。


 彼女の人生は、輝かしいものだ。


 自分はその幸せを特等席で見つめ続ける。

 愛する人の幸せを、こんな間近で見られるんだ。


 こんなに幸せなことはない。


***


 美葉はまだ、あの男を愛している。


 あの男の姿を、美葉は一心不乱に見つめていた。自分が横に立ったことすら気付かずに。


 そして、あの男もまだ美葉を愛している。一瞬絡んだ眼差しを見ればそれは一目瞭然だった。焦燥感に胸を焼くのは、生まれて初めてのことだ。美葉が実家に帰れば、否が応でも隣人の気配を感じるだろう。接点を持ってしまう可能性すらある。お互いの想いに気付くような事態になれば、今までの苦労が水泡に帰してしまう。


 急がなければ。確固たる事実を固めなければ。美葉が自分の気持ちに向き合う隙を与えず、夫婦という関係を築くのだ。


 衝動的ではあったが、プロポーズをしたのは正解だった。理知的な彼女は、会社社長と付き合うと言うことがどういうことか十分承知していた。遊びの付き合いではないと分かっているのだから、心がたとえ付いて来なくても、自分が望めば結婚を承諾するという勝算はあった。


 美葉は、あの男を愛しているけれど気持ちは自分に向き始めている。そうだ。庇護欲求を満たす相手がいて、のびのびと好きな仕事が出来さえすれば、美葉は幸せなはずだ。


 美葉はまんまと策略に乗り、満たされない心を持った哀れな男を懸命に愛そうとしている。


紛い物だとは、気付かずに。


 

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