顔合わせ

 実家の食卓テーブルに、ボロボロの寿司が並んでいた。何故か礼服を着た父がこの失態に恐縮し身体を小さく丸めている。


 社長と結婚することになったと報告すると、和夫は卒倒しそうなほど驚いた。涼真が挨拶のために実家に来ると聞き、寿司屋まで特上の寿司を取りに行ったらしい。ちなみに、実家周辺にデリバリーなんてしゃれた事をしてくれる店は一件も無い。寿司屋は当別に一件しか無く、家からは車で二十分程かかる。その寿司を、大事に助手席において運んだのだが、玄関で躓いてひっくり返してしまったらしい。


 一応復旧は試みたようで、全てのしゃりは立ち上がり、頭にネタを乗せている。だが、ひび割れたりしなやかなくの字になっているものが散見され、イクラの粒が桶に張り付いていた。


 中には胡瓜を添えた雲丹があり、清水の舞台から数十回くらい飛び降りる気持ちで奮発したのが分かる。


 「寿司は、仕方ないとしてさ。何で礼服着てるの?」

 美葉はしょぼくれている和夫を傷つけないように注意しながらも一応問いかけてみる。


 「スーツが、入らんかったんで。……腹が、キツくなってな。」

 「だったら、普段着で良かったのに。」

 「いや……。社長さんだからな……。」


 涼真は、恐縮したように眉をハの字に下げる。


 「すいません。お気を使わせてしまいましたね。どうか、フランクにお付き合い下さい。息子として、かわいがっていただけると嬉しいのですが……。」

 「む、息子っ!」

 何も飲んでいないのに、何故かゲホゲホと咳き込む。その背をポンポンと美葉は叩いた。


 「大丈夫。普通の人だから。人間だから、人間。」


 そう言うと、涼真はぷっと吹き出した。


 「酷い言い方やなぁ。」

 軽い笑い声を立てる。美葉は上目遣いに涼真を見つめた。


 「だってね、今涼真さんは人間扱いされてないよ、多分。戦争中の人から見た天皇陛下くらいの勢いだよ。」

 「まさか!」


 涼真は身体を折り曲げて笑った。笑っている涼真を見て、和夫は少し安心したようだった。涼真は、笑いを納めてから和夫に頭を下げる。


 「改めまして、九条涼真と申します。美葉さんを、必ず幸せにしますので、お嬢様との結婚をお許しいただけますでしょうか。」


 「ふ、ふ、ふーふ、ふつつつかな娘ですが、よろしくお願いいたします。」


 和夫が意味不明なふの連発後、頭を下げた。こそばゆいような居心地の悪さを感じ、美葉は視線を斜め上に逸らす。


 和夫が頭を上げるのを待ってから、涼真が仏壇に顔を向けた。


 「お母様にも、ご挨拶させていただいてよろしいですか?」

 「ももももも、勿論。」


 涼真は微笑んでから、仏壇の前に正座をした。美葉も隣に座る。涼真は仏壇に手を合わせ、しばらく目を閉じていた。そして、遺影の笑顔を見つめる。


 「美葉に、よく似てはるね。」

 「そうだね。よく言われるよ。」


 正人の母にも、似ているらしい。


 ふとそんなことを考えてしまい、苦笑いを浮かべる。


 美葉は、母の笑顔を見つめた。


 私の選択は、間違えていないでしょう?

 そう、問いかける。


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