三割

 「美葉さん、今日整いに生きません?」


 16時45分、見奈美がニコニコしながらそう言った。あれ以来すっかりサウナにはまり、週2~3回は見奈美とサウナに行く。


 仕事のスタンスを変えたら、驚くほど効率が良くなった。ほぼ毎日定時に帰るし、毎週水曜日はホットヨガに通う。お陰で睡眠難民からも脱出。お肌の艶も良好。


 「ごめん、今日は無理なんだー。」

 見奈美に向かって両手を合わせる。途端に見奈美はニヤニヤ笑いを浮かべる。

 「デートですよねー。どうぞお楽しみにー。」

 美葉は照れ隠しに敬礼して見せた。


 美葉はチラリと時計を見る。あと15分で仕事を仕上げなければならない。嵐山の和風カフェの設計図は殆ど完成していた。細部を修正し、先方にメールで送る。この案件はこれで終了となるだろう。


 ――つまらない。


 ふと湧き上がった心の呟きに動揺する。


 効率よくニーズを聞き出し、イメージをすりあわせて図面を引く。それだけの仕事。深く悩むことも無ければ、心が沸き立つことも無い。ただひたすらに、数をこなしていく。


 『僕はさして家具を作るのは好きでは無いのです。図面通りに作るのは、誰でも出来るじゃ無いですか。退屈だと感じてしまいます。でも、「誰かのために」というキーワードが乗っかると、途端に楽しくなるんです。』


 正人の言葉を思い出してしまう。


 ニーズ通りにデザインを起こす。そのために聞き出すポイントは決めている。効率を優先するので、デザインはパターン化されていく。「誰かのために」そんな事は考えないようにしている。それでも顧客が満足するように一定のクオリティーは満たしている。プロとして恥ずかしくない仕事をしているはずだ。


 「谷口の仕事、最近三割やな。」

 片倉が、ぼそりと呟いた。


 「三割?」


 問い返すと、銀縁の眼鏡をくいっと上に持ち上げて口を開く。その言葉を、佐緒里が遮った。


 「片倉さん。美葉はもう一人前のデザイナーやで。木寿屋クオリティは充分に満たしてるんやから、何も問題無い。プロの仕事にケチを付けるのはやめてや。」


 片倉は返事をせず、ひょいと肩をすくめた。


 三割。

 その言葉は、グサリと美葉の胸をえぐった。


 以前は一軒一軒全力を出し切って仕事をしていたと思う。今は、その三割ほどの力しか出していない。効率を優先するために、敢えてそうしている。


 時間を三割に短縮しても、一軒一軒に全力を出すという器用なことは、自分には出来ない。悔しくて、唇を噛んだ。

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