悩み事を聞いて下さい-4
「大丈夫ですか?佳音さん。気分が悪くなりましたか?」
顔をのぞき込んでオロオロする正人がおかしくて、笑ってしまう。佳音は軽くなった心で首を横に振った。
「その逆よ、凄く心が楽になった。聞いてくれて、ありがとう。」
「いえいえ、佳音さんが笑顔になってくれて、良かったです。」
ニコニコと、屈託無く正人は笑う。
ああ、美葉が正人を好きな理由が腑に落ちた。
笑顔を見つめながら、佳音の胸がぎゅっと締め付けられる。
この、真綿のような優しさとぬくもりに愛が加わって、自分一人を包んでくれたら、幸せを感じないはずが無い。微笑んで正人を見つめていた美葉を思いだし、苦しくなって唇を噛んだ。どうしても、二人が別れてしまったことが腑に落ちない。
「正人さんは何故、美葉と話をしなかったの?」
佳音の問いかけに、正人の表情が急激に硬くなる。緩く眉を寄せた切れ長の瞳を見つめて言葉を続ける。
「こんな風に、美葉の気持ちを聞いてくれたら良かったのに。そしたら、誤解なんて簡単に解けたはず。」
「佳音さん……。」
正人は困ったように名を呼んだ。
「どうして、正人さんは美葉と別れようと思ったの?美葉の何が気に入らないの?」
思い直して欲しい。祈るような気持ちで言葉を綴った。しかし正人は表情を硬くしたまま首を横に振った。
「気に入らないとか、そう言うんじゃないです。冷静になっただけですよ。美葉さんには溢れる才能があります。こんな小さな家具工房にその才能を閉じ込めるのは、勿体ないでしょう。」
すらすらと紡いだ尤もな理由に違和感を覚える。正人はくるりと背中を見せた。心を閉ざした。そう感じた。美葉もこうして、拒絶されたのだ。その頑なな背中を、唇を噛んで見つめる。
けたたましいアラームが鳴る。正人はポケットからスマートフォンを取り出した。
「朝食の時間が終わりました。開店準備をしなければなりません。」
「……分かった。帰るね。今日は、ありがとう。正人さんを責めるつもりは、ないんだよ。」
「分かってますよ。佳音さんは美葉さんの親友ですから、僕へ反感を持つのは、当然です。それなのに、こうやって訪ねてきてくれて、嬉しかったですよ。」
正人は力なく笑った。よそよそしいその態度に腹が立つ。
「美葉も親友だけど、正人さんだって私の親友よ。正人さんは、私のために心底怒ってくれたじゃ無い。私を助けてくれたじゃ無い。親友が困っていたら、何があっても駆けつける。それは、美葉も正人さんも一緒だよ。」
正人は、はっと息をついた。顔が見る見る赤くなる。
「……ありがとう、ございます。」
瞳を潤ませて頭を下げたまま、顔を指で拭っている。その行動がよそよそしいのに。いつまでたってもどこか他人行儀な態度を崩してくれない正人が歯がゆい。だが今の正人に何を伝えて却って壁を厚くしてしまう気がした。
「また、遊びに来るね。」
佳音は正人に手を振った。
勝手口から帰路につくため工房に入り、一度中をぐるりと見渡した。高校時代は、いつも美葉がここにいた。最初は作業台も無くて、卓球台で仕事をしていたのを思い出す。
視線を向けた卓球台の上に、小さな紙片を見付けた。
あの日、猛が正人に手渡したものだ。
「佳音さん、どうかしましたか?」
仕事をするために後をついて来た正人に声を掛けられる。佳音は正人の方を振り返る。正人が背にしているドアに、大きな赤い円を見付けて指を差した。
「正人さん、あれ、なあに?」
正人は、佳音が指さした方を振り返る。
「ああ、あれはリマインダーです。アラームを八十分毎にセットして、十分の休憩を取るのですが、アラームが鳴ったらあの丸を見ることにしているんです。あれを見ながら、今やっていることと、これからやるべき事を頭の中で整理するんですよ。僕はすぐに、無計画に事を進めてしまいますから、頭の中を整理するきっかけが必要なんです。」
「成る程ね。色々、工夫しているんだ。」
そう答えながら、佳音はその紙片をさっと取り、ポケットに入れた。
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