悩み事を聞いて下さい-2

 フランパンで焼いたトーストと半熟の目玉焼き。妊婦にカフェインは駄目だと言って、波子お手製のはちみつレモンの素を湯に溶いてくれた。


 はちみつレモンはふわりと温かく、優しい甘さが心を溶かしていく。


 「はちみつレモンの素なんて、家にあったかなぁ。」

 飲みながら首を傾げると、正人はふふ、と笑った。


 「これは、桃ちゃん用なんです。ちょっと失敬しちゃいました。」


 悪戯っぽく笑う。


 「桃ちゃん用?」

 問いかけると、正人は頷いた。


 「オーガニックのはちみつに、悠人さんがハウスで育てている無農薬のレモンです。」

 「へぇ、レモンも作ってるんだ。」

 「出荷はしてませんよ。桃ちゃんのはちみつレモン専用です。」

 人差し指を立てて、得意げに言う。


 トースターを買うのが勿体なくてフライパンで焼いたというトーストは、カリッとしていて美味しかった。手先が器用で感覚が鋭い正人は料理の腕も良いらしく、目玉焼きの半熟加減も絶妙だ。


 腹が満たされると、久しぶりに身体の力が抜けた気がした。今座っているのは、幼なじみ五人が集まる為のテーブルで、それぞれの身体に合わせた椅子がある。自分用の椅子は身体を包んでくれるようで、心地良い。樹々の家具はどれも、正人の人柄が表れているのか温かみがある。その上丁寧に要望を聞いて、客の幸せを願って作るのだ。そんなオーダーメイドの家具に囲まれる暮らしはさぞかし素敵だろう。いつか家を持つことが出来たら、正人に家具を作って貰いたい。


 そんなことを考えていたら、ずっと渦を巻いていたものが腹の底に沈殿したように感じた。今なら、それを吐き出せる、そんな気がした。


 「あのね、正人さん。」

 佳音は自然と口を開いた。


 「錬と、喧嘩しちゃったの。」


 「喧嘩、ですか?」

 正人は驚いた顔で身を乗り出してきた。佳音は頷いた。


 「錬、私がパン屋の女将になるって勝手に決めてたんだよ。酷くない?」


 正人は佳音の言葉を聞いて、頷いてから首を傾けた。


 「勝手に決める、というのは良くないですね。佳音さんは、嫌なのですか?パン屋の女将さん。」

 「嫌じゃ無いけど、成る気は無いよ。私は看護師として自立した人生を歩んでいきたいの。」


 「自立した人生……。」

 感嘆の声を上げ、大きく頷く。


 「すばらしい目標ですね。錬君はそれには反対なのですか?」

 「反対はしてないけど……。パン屋の女将さんになるって決めつけてたって事は、私が軽い気持ちで看護師をしてるって思ってるのかな。」

 「どうでしょう。錬君本人に聞いてみないと気持ちは分かりませんが。でも、一番近くで佳音さんを見ている錬君が、そんな誤解をしますかね。」


嘘を言った。誇張して錬を悪者にしている。

 佳音は、真剣に話を聞いてくれている正人に罪悪感を感じた。


 「……ごめんなさい、ちょっと、錬のこと悪く言った。錬は、私が真剣に看護師の仕事に向き合っているのは分かってるって、言ってくれたの。」


 正人はほっと息をついた。


 「それなら、良かったです。安心しました。そこを理解して貰えていたら、錬君は無理矢理佳音さんをパン屋の女将さんにしないでしょう?」

 「うん……。」


 違うんだ、と佳音は心の中で呟いた。


 本当は、そんなことを悩んでいるのでは無い。

 思わず、溜息をつく。


 「……佳音さん?」


 正人は佳音の顔をのぞき込んだ。


 「他にも、悩んでいることがありますか?」

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