何のために結婚したの-2

 突然の質問に悠人は思わず息を飲んだ。のえるは、ふっと斜め上に視線を向け、違うなと呟いた。


 「何のために結婚したの、が正解かな。結婚して、千紗と桃花に何をしてあげたの?」


 「……何をって……。」


 悠人は鸚鵡返ししか出来なかった。いらっとした感情の波がのえるの顔に浮ぶ。


 「だからさ、この結婚は、千紗と桃花になんのメリットがあんの?って聞いてるのよ。分かる?」

 胸にナイフを突き刺されたように、悠人は息を止めた。


 のえるは、千紗と桃花は自分と結婚したことで得たものは何も無いと言いたいのだろうか。何を馬鹿な。痛烈な言葉にショックを受けたが、その打撃から回復すると怒りが湧いてきた。のえるはふっと笑む。まるで怒りがお門違いだと嘲笑っているようだ。


 「居心地の良いこの家から引っ張り出されてさ、すでに出来上がっている家族の中に放り込まれるのって大変な事だよ。でも悠人さんは千紗が家族の一員になる橋渡しをしてあげなかったじゃん。」

 「それは、千紗が結婚する前から農家の仕事は手伝わないとか、嫁の仕事押しつけられるのは嫌だとかいう条件を付けたからさ。別にのけ者にしていないよ。食事も一緒にとるし、会話もしてる。千紗もなんだかんだ言いながら家事をして、家族の役割を果たしているさ。」

 「でも、心が家族になってない。それは、気付いてるんでしょ。」


 むっとして返した言葉をのえるはゴミくずのように否定した。悠人は言葉を返せずのえるを睨み付ける。


 「桃ちゃんのお父さんになって千紗と桃ちゃんの間に入ることも、しないじゃん。」

 「……千紗が、桃花のことに口出しするなっていうからさ。」

 「口出しするなと言われて、ハイそうですかって黙るんだ。卑怯だなぁ。」


 顎を斜めに向け、見下すような視線を投げる。怒りに身体が熱くなる。


 「図星過ぎて、腹が立つんでしょ。」


 容赦ない言葉が胸に突き刺さり、悠人は思わず唇を噛んだ。嘲りを露わにした顔を睨み続けるのが唯一の抵抗だった。


 「父親面するなって言われて、分かりましたって言うこと聞いていた方が楽だよね。桃ちゃんのお父さんなんて大変な仕事、引き受けない方が楽だもん。」


 睨み付けていた視線を逸らしてしまう。怒りは収まらないが、その怒りがのえるの言うとおり、真を突いているからだと理解する。


 「千紗が結婚して得たものは、経済的な不安から解放されたこと。それだけ。その代わり安心して暮らせる場所も、安定した親子関係も失った。その上、誰も助けてくれない。苛立ちと不安が親子の心を蝕んで、お互いに傷つけ合ってしまう。千紗は自分の心を守る為にこの家に逃げ込む。夫は、頃合いを見て針の莚に連れ戻すことしかしてくれない。」


 針の莚。


 その言葉は、悠人の心を切り裂いた。

 千紗と桃花にとって、野々村家は針の莚なのだろうか。


 「いい加減、どうにかしないと駄目なんじゃ無い?」

 のえるはそう言い捨ててドアを開け、車外に身を翻した。

 

 

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