洋酒の香り-1
明らかに涼真の圧勝だった。自分を差し置いて家具職人との仲を取り持った一件に対し鼻を明かす事ができた。しかし、保志が去った後に残ったのは、吐き気を催す程の不快感だった。それをカルバトスで流し込み、店を出る。無性に美葉を抱きたくなり、タクシーに乗り込んでから電話を掛けた。
深夜の訪問に慌てた様子ながら、美葉は快く迎えてくれた。
「お酒、飲んでるの?洋酒の匂いがする。」
「うん、少し。」
美葉は渡した上着をハンガーに掛けながら問いかけてきた。ベージュのラグに白いローテーブル。女の部屋にしては色気がない。
「ウイスキー?」
「いや、ブランデー。」
「どう違うの?」
「原材料やね。ウイスキーは穀物から作るけど、ブランデーは葡萄とか林檎とか、果物から作るんや。」
「それって、ワインじゃ無いの?」
ネクタイを緩めながら、涼真は軽い笑い声を立てた。
「ワインは醸造酒、ブランデーは蒸留酒。作り方が違うんや。」
ふうん、と美葉は首をかしげた。美葉は酒に強くはないから、それ程関心を持てないようだ。会話を深めることなく、冷蔵庫へ向かう。涼真は、部屋を見渡した。ローチェストと寄せ木細工の時計は上質のもの。あの家具職人が作った物かも知れない。
美葉は水の入ったグラスをテーブルの上に置いた。
「ありがとう。」
グラスの水は冷えていて、すっと喉を通っていく。酒で水分を失った細胞が満たされていく。向かい側にあるためどうしても目が行ってしまうローチェストは、様々な種類の木が使われているようだ。パーツ毎に木種を変えることでパッチワークのような色の変化がうまれる。バランス良く配置された色彩が殺風景な部屋を明るくしている。華やかな存在感に目を奪われていると、白木のパーツに彫り込んで茶色く染めた文字を見付けた。
『おはようございます』『いってらっしゃい』『おかりなさい』『おつかれさまでした』『おやすみなさい』
そんな小さな言葉が、パズルのパーツのように点在している。
視線に気付いたのか、美葉は困ったような苦笑を浮かべた。
「入社間もない頃、少し行き詰まっていた時に正人さんから突然贈られて来たの。……本当は直接、毎日伝えたい言葉だって、言ってた。」
小さな呟きをポトリとラグの上に落とし、眉を寄せる。
「家具って、処分に困るね。」
「業者に、頼んだろか?」
美葉は一瞬視線を彷徨わせる。それから、クシャリと顔を歪ませた。
「捨てるエネルギーが、まだ、ないの。……見たくないし、触れたくないけど、無くなるのも、怖いの。」
昼光色の光は、美葉をいつもよりも青白く見せた。美葉は戯けるように笑った。
「その内、自力で何とかするわ。」
涼真は、笑みを貼り付けている美葉に頷いた。自分も、同じような顔をしているだろう、と思う。
美葉の視線が、自分に注がれる。その顔から笑みが消え、探るような表情になる。
おもむろに、美葉が両手を伸ばし頬を挟み込んだ。膝立ちになり、少し上から瞳をのぞき込んでくる。
「何か、悲しいことがあったでしょ?」
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