とある会員制のバーで-2
「美葉……?」
涼真はあからさまに呼び捨てにしてみせた。
遅かった。
保志は奥歯を噛みしめる。
「今日、呼び出したんは報告したいことがあったから。美葉はもう、僕のもの。保志さんにとっては不本意やろうけど。」
「……そうか。そら、良かったやないか。」
そう言って保志はグラスの中身をぐいっと飲み干した。
「ジャックダニエル、ロックで。」
グラスを乱暴にカウンターの奥に押し出した。涼真は、頬杖を付いてその様子を眺めている。
「傷付くなぁ。ちょっとくらい、祝福してくれてもええやんか。」
すねた子供のような声音でそう言う。戯けているが、本音だと分かっている。ジャックダニエルは高級な酒瓶の奥に申し訳なさそうに存在していた。氷に注がれていく琥珀色の液体を眺める。
「祝福はしてる。……美葉がほんまにお前を選んだんやったらな。」
「どういう意味?」
「美葉がこんなに早うに気持ちを切り替える訳があらへん。上手いこと、気持ちの隙を狙ったんか?お前のテクニックやったら、傷心の女落とすくらい赤ん坊の首捻んのと同じくらい簡単やろな。」
「そうやね。案外簡単やった。難攻不落な女やと思ってたから、ちょっと肩透かし。」
自虐的な笑みを浮かべて、肩をすくめてみせる。保志はギッと涼真を睨み付けた。
「……美葉を弄ぶなよ。」
「弄ぶなんて、人聞き悪い。」
涼真はわざとらしく驚いた顔を作った。
「大事にするよ、一生掛けて。田舎娘丸出しやったけど、師匠に扱いてもろたお陰で上品な振舞も覚えたし。……彼女の才能は見事なもんや。彼女のデザインにプレミアを付けようと思うねん。敏腕デザイナーの手がけた物件。そこに金持ちがこぞって集まるやろうね。彼女の人生は、それは華々しいものになるはずや。」
「そんなん、美葉は望まへん。」
「望まないのは選択肢にないからや。僕が見せたる。今まで見たことがない選択肢を一杯目の前に並べてあげるんや。当別みたいな片田舎に住んでたら、一生選ばれへん人生の選択肢を。」
保志は溜息をつき、反論するのをやめた。どうやっても、涼真に美葉が望んでいるものは理解できないだろう。美葉は当別の空気の中で生きる方が幸せなのだと思う。
だがそれも、自分の思い込みかも知れない。当別の青空の下で笑う美葉と、和服を着こなし上品に正座する美葉を交互に思い浮かべる。人は変わる。京都で過ごした六年で、美葉がどのように成長したのかそれほど理解はしていない。
美葉が、心から納得できる道を選択してくれたら良いのだが。
涼真が、ふっと息をついた。
「結局、保志さんはもう、僕の幸せを望んでくれることは無いんやろうね。」
小さな呟きは、グラスに氷が当たる音でかき消された。
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